第38話 主なき会議
※ ※
「お待ちください。このような狼藉は」
「どけっ!」
「きゃぁっ」
森に囲まれた閑静な大邸宅にはおよそ似つかわしくない格好の男たち――戦闘用プロテクターとゴーグルヘルメットを身に着けライフル銃を持った何人もの兵士が、屋敷の入り口を塞いでいたメイドたちを突き飛ばし、屋敷の中へと入っていく。
手入れされている庭には、それらを無造作に踏みつけるように装甲車と兵員輸送車がおかれていた。
時刻は屋敷の主がちょうど起床するころである。兵士たちは、ゴーグルに表示されている
乱暴に開け放った寝室の扉の向こう側には、しかし屋敷の主の姿はなかった。兵士の一人がまるでベッドメイクしたてのように整えられていたベッドの掛け布団を引っぺがし、手を置いた。
「まだ暖かい。探せ。隠し通路もだ」
その言葉に、後ろに従っていた兵士たちが一斉に屋敷中へとばらけていく。
しかし、それから半時ほどたった後でエイジア軍大将ワン・シーピンを中心に行われていた緊急会議へと届けられた報告は、「トゥールン総裁の身柄確保失敗、捜索継続中」というものだった。
「やりやがったな!」
会議の出席者の一人であるウェイ・タンロン少将が、その二メートルを超える巨漢を乗せた両腕をテーブルにたたきつける。
それをワン・シーピンは穏やかな声でたしなめたが、実際、ワン・シーピン自身はそれほど怒りや焦りを感じていなかった。
彼にとって事態は想定内である。いやそれどころか、わざわざアイランズ自治軍の一個師団を謹慎処分とし、その主要基地を『もぬけの殻』にしたのも、独立戦線に武装蜂起させるきっかけを与えてやったものであり、これを機にアイランズ自治区の再占領と自治政府の解体、そしてトゥールンの排除を一気に行おうという魂胆である。
そう、全ては彼の想定内なのだ。
唯一の想定外があったとすれば、それは独立戦線がその『元首』としてわざわざトゥールンを指名してきたことだろう。そんなものがなかったとしても、遅かれ早かれトゥールンに反逆の罪を着せてこの世から退場してもらう予定だったのだが……
「反逆者のトゥールンはまだ屋敷の中にいるか、もしくは隠し通路を使って逃走を図っているか、そのどちらかだ。直に逮捕できる。それよりも」
シーピンのドスのきいた声が会議室に低く響く。五十前後のやや痩せてはいるが骨太の体つきをした声の主はその鋭い眼光を、姿勢を正し、軽く目をつむったままずっと黙っている恰幅の良い初老の男――ナイトランダーであるヤナ・ガルトマーンに向けた。
「誰かがトゥールンの逃走を助けているようだが、ご存じではないかな、ヤナ・ガルトマーン殿」
総裁の屋敷の周辺には防犯カメラが多数配置されていて、もちろんそれらはすでにチェック済みである。トゥールンが屋敷を出たという記録はなかった。ならば逃走用の通路を使っているはずだが、それらは全て軍によって把握されているし、既に入り口と出口の両方から挟み撃ちする形で捜索が行われている。
気がかりな問題があるとすれば、トゥールンの逃走が思いの他早かったことである。情報はすべてシャットアウトしていた。トゥールンも屋敷の者も、アイランズでの武装蜂起のことは知らなかったはずである。しかし屋敷に侵入した兵士からの報告を聞くに、トゥールンは軍の到着よりも前に寝室を出たようなのだ。
真っ先に考えられることは、ヤナがその手助けをしたということである。そうなると、事態は少々面倒になる。
「さて、そのようなものは見当もつきませんな、シーピン大将。私も知りたいくらいだが」
ヤナは右目だけを薄く開け、シーピンの眼光を真正面から受け止めた。
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