第41話 秘密の通路のその先へ
※ ※
「私を何かに利用しようとしている。そうだよね」
トゥールンの言葉に、しかしフジカは驚くことも焦ることもせず、ふっと顔を緩めた。
隠し通路の、そのまた隠し通路の行き止まり。照らす光は電子ランタンの頼りない灯りだけである。
「それが分かっていて、それでも御館様は黙ってフジカについてきておられるのですね。それはなぜ、ですか」
トゥールンは寝室でフジカに『求婚』をしている。ならばそれが理由だと思うのが普通であろうが、フジカには少し違うように思えたのだ。
フジカの問いかけに、トゥールンは目線を外して少し考えた後、おもむろに口を開いた。
「何かね、それとは違うものも、感じる。君は私を護ろうともしているようだ。そうだね……まるで母親のように、ね。私は母の顔を知らない。もちろん、乳母は私に良くしてくれた。ただ、彼女は私の『母』ではなかった。義務感で私に接してくれていたんだ。でも君は違うようだ」
母親の温もりを知らずに育った、籠の中の青年。見たこともない母親の幻影をフジカに重ねているのだとしたら、ある意味滑稽ではある。
「母、ですか。母……」
もちろん、フジカは『母』になったことはない。そもそも、ランダーは子をなさない。そのフジカにトゥールンは母性を感じたという。自分に人間の女性のような母性があるのだろうか、フジカは不思議に思った。
ただ、『でも』とも思う。ランダーの中に一人だけ例外がいる。フィス・ディ・ランであるが、しかし結局彼女も『出産』という段階まではいかなかった。
ランダーが持つDNAの解析は遥か昔にもう行われていた。結果は、人間とほぼ同じもの。にもかかわらず人間とは異なる能力を持ち、人間との間には子供ができたことはない。人間と交わるという経験ならば、ランダーたちにも星の数ほどにあるだろうに、である。
つまり、フィスが例外なのではなく、フィスの相手だったコノエという人間が『特別』だったのだ。
でも、とフジカは思う。少なくとも『受胎』という前例があるのならば、フジカにも『子をなす』という可能性はあるかもしれない。
可能性――
目の前の青年はどうだろう。子孫を残すことをその使命の第一とされた『血』を背負った青年。この青年は『特別』だろうか。
独り言のように何かをつぶやきながら、フジカはトゥールンに背を向け、通路にあった重い鉄製の扉を引いた。その扉が軽々と開く。
現れた土の洞窟、そしてその向こうには外の光があった。
「御館様、ここから外へ出ると、お屋敷から離れた森の中に出ます。そこなら、誰にも邪魔されることはないでしょう」
そう言うとフジカは、少し錆が付いてしまった左手をトゥールンの方へ差し出した。
「フジカと共に、お歩きになりますか?」
トゥールンは差し出された手をすぐに握る。しかしそこで少し考え、そしてフジカに視線を戻した。
「それは森の中をということだろうか。それとも、これからずっと一緒に、ということかい」
自分を見つめる茶色味がかった黒い瞳をしばらく覗き込んだ後、フジカがあどけなく微笑む。
「それは、御館様がお決めください」
そう言うとフジカはトゥールンの手を引き、洞窟を抜けた。
起伏のある地面が高い木々に覆われている。二人が出てきた場所は屋敷の窓から見える森のどこかなのだろう。
フジカがトゥールンの手を握ったままトゥールンの横に並び、そのまま二人で歩き始める。
「私の心は決まっている」
トゥールンが足を止め、フジカを引き寄せた。そしてその細い体で、それよりもさらに小さい体を抱きしめる。
「フジカが、御館様を利用しようとしていても、でしょうか」
トゥールンの腕の中でフジカがそう尋ねた。
「私はそれでも」
しかしそのトゥールンの言葉は、低く重たい声にさえぎられた。
「ここで何をなさっておいでですか、総裁閣下」
鳴き声をあげて何羽もの鳥たちが一斉に梢から飛び立つ。
顔をあげたトゥールンの目に、木々の間に仁王立ちするがっしりとした大きな体躯のシルエットが映った。
「ガルトマーン」
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