第23話 君とのめぐり逢い
サガンとの話を終え、ツバキがエアバイクの所に戻ると、トラックの横では作業服を着た二人の男が、ディスポーザーの男たちと言い合いをしていた。彼らはトラックに乗っていた人なのだろう。積み荷を見せる見せないの争いのようだ。トラックは荷台が冷蔵コンテナになっていて、冷気が逃げる、積み荷が痛むという内容のことを話していた。
ツバキはそれ以上かかわらないでおこうと思い、エアバイクに手を掛ける。そこで、ふとトラックの助手席を見た。
それは、どことなく奇妙な光景だった。
助手席に座っているのは、運送トラックの助手席にはおよそ似つかわしくない年齢の女の子だ。ウィンドウ越しに、紫色のリボンでくくられた上向きのツインテールが見える。少し眠たげに前を見ていたその子の目線だけがふと横に向き、ツバキの視線と合わさった。
次の瞬間、頭の中で閃光がパッと弾け、ツバキは頭を押さえる。脳裏に、倒れているツバキを上から覗き見る、少し眠たげな少女の眼が浮かんだが、それはすぐに消えてしまった。
――まただ。
少し頭を振り、もう一度トラックの助手席を見る。女の子はもうツバキから視線を外していて、前を向いていた。
もちろんツバキに、その少女を見た覚えはない。しかしフラッシュバックに現れた少女は、目の前の少女と似ていた。
それがいつの記憶なのか、ツバキには分からない。もしかしたら、はるか昔のものなのかもしれないが、それをこの少女に尋ねるわけにもいかなそうだ。
「お嬢ちゃん、何か用か?」
突然横から声を掛けられた。作業服を着た恰幅のいい大男が怪訝な表情でツバキを見つめている。
「あ、いや、すみません。あの女の子が知っている人に似てたので」
ツバキはそう言ってお辞儀をし、慌ててハンドルを握る。そして視線の先、木立の影で光の縞模様ができている舗装された道路を見据えると、エアバイクを発進させた。
ルースから離れたい一心で、そしてもう一度自分と会うために、
ユウに会いたい。ツバキの心の中は、もうすでにその気持ちで一色に染められている。ディスポーザーたちがこの辺りで捜索しているということは、この近くにいる可能性があるということだ。
心臓の音が速くなっていく。かといって、どうすれば彼女に会えるのだ?
緑色の景色がツバキの視界の後ろへと流れていく。この木々の中のどこかに、ユウがいるのだろうか。
しかし、ディスポーザーたちがユウを探している以上、彼らの方が圧倒的に数が多い。ツバキが一人で探したところで、ユウを見つけられる可能性はほとんどゼロだろう。
それにしても、なぜ彼らはユウを探しているのか。ユウは、あの正体不明の機動兵器に乗っていたのだ……
と、ツバキが突然エアバイクを止めた。まだブコ河までは十キロほどはあるだろうか。それからしばらく、ツバキはうっそうと茂る林の中を見通すように見つめていた。
――呼んでいる。
幻聴だったかもしれない。聞こえるはずがない。しかし、確かにさっきツバキの耳に聞こえたのだ。ユウの、呼び声が。
エアバイクに付いているナビゲーションシステムを確認する。
――ここは……
記憶が正しいのなら、ここをずっと行った先に、ティシュトリアが不時着していた場所があるはずだった。
ツバキはヘルメットとジャケットを道の端に止めたエアバイクの中にしまい、リュックを担ぐと、ベレー帽をかぶり木漏れ日が差し込む林の中へと入っていった。
※ ※
「探し物は『女』らしい。ディスポーザーを駆り出してるってことは、エイジアの奴ら、軍は動かしてねぇみてぇだな」
トラックの助手席に座った大男が、運転席との間に座る少女に声を掛ける。
「でも、ナイトランダーが動いてる」
濃紺のパーカーシャツを着たツインテールの少女が、前を向いたまま無感情にそう答えた。
「にしてもその女、何者なんすかね、キャプテン」
運転席に座っていた若い男が、そう尋ねながらトラックを発進させる。大男と少女の体が、座席に押し付けられた。
「さあな。エイジアがそこまでして隠したい『何か』なんだろ」
「俺たちも、探します?」
「んー……手に入れられりゃ、いい駒になるかもだが、リスクが高いな」
「こっちにもキリカさんがいるっすよ。そんなけの価値がある『何か』ってことでしょ。エイジアとの取引材料になるかもっすよ」
「アイランズ独立とか? いくらナイトランダーまで動かしてると言っても、高々女一人じゃ……もう少し情報が欲しいな。フジカはそれ以上何か言ってなかったのか?」
大男は、窓の外で林の木々が後方へと流れていくのを見つめながら、少女に話を振った。
「何も」
少女はその一言だけを口にする。大男は肩をすくめた。
「そういやキリカ、さっきのお嬢ちゃん、おめぇのこと見てたが、知り合いか?」
「この間まで探してた、ターゲット」
「おいおい、あれがか? 男だっただろ」
「さあ」
「さあって……何でこんなとこにいるんだ」
「さあ。ルシニアからは、何も、聞いてない」
「ったく、ナイトランダーってのは、よくわからねぇな。おめぇにしてもそうだ、キリカ。なんでカヴァリエにも乗らずに、独立運動なんかに手ぇ貸してんだ」
大男の言葉に、運転席の若い男が「キャプテン、『なんか』は無いっすよ」とぼやいたが、少女はそれには反応せず、ただ「なんでも」とだけ答えた。
※ ※
随分と奥に来ただろうか。
あの時、『死神』と戦っていた時は夢中だった。ルースと歩いた時は、上の空だった。しかしこうして自分の足で歩いてみると街道から随分遠かったのだなと、ツバキは林の中の開けた場所から少し霞んだ空を見上げながら、一息ついた。
ここだった。ツバキが『殺された』場所。
あの時置いていったグレネードの射出機はもう回収されたのだろう。血の跡も、雨が洗い流しただろうか。
記憶をたどり、ツバキは茂みの中をさらに奥へとすすむ。そしてとうとう、ティシュトリアが不時着していた場所にたどり着いた。
「なるほど、見つけられなかったわけだ」
一つ息を吐き、ツバキはそう独り言ちた。木々が立ち並ぶ中の丁度くぼ地のようになっていて、様々な方向から死角になっている。重力制御もままならない状態でよくこんなところにティシュトリアを降ろせたものだと、ルースの操縦に少し感心した。
そこでふと、視界の端にあった低い丘にツバキの目が留まる。ツバキには、それがどこか不自然に見えたのだ。
くぼ地を横切り、低い丘に登る。それを越えたところ、小さな谷になった木々の中に、それはあった。
「モジュール式の……脱出装置」
コックピットがそのまま脱出装置になったシステム。車より少し大きめだろうか。それが、谷の途中で木々に引っかかっていた。
「ユウ」
想い人の名をつぶやきながら、木々のせいで昼間でもあまり光が届いていない谷へ、ツバキは斜面を夢中で降りていった。
広大な宇宙の中の小さな
それなのに、セレスから二億キロメートル以上離れた、このミドルスフィアの、こんな辺境の島でまた出会う?
そんな偶然など、あるはずがなかった。
転がるように脱出装置に取り付く。そこでツバキは、脱出装置の後部ハッチが開いていることに気が付いた。中を覗く。コックピットの中央に座席が一つ。
そこに、白いスペーススーツを着た黒髪の女性が、力無く座っている。
そう、だからこれは偶然なんかじゃない。二人の運命なのだ。
すうっと息を吸い込み、ツバキはその後ろ姿にそっと声を掛けた。
「君を見つけたよ、ユウ」
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