第五章 東京都不死区での決闘・その2
「慶一郎さんは、私が逮捕されたときの保釈金を用意できますか?」
「は? ――それは無理だな。俺みたいな学生に、そんな金があるわけないし。エクス学園だって、学費を免除してもらってるくらいだし」
「では、申し訳ありませんが、いまの話は、なかったことにさせてください」
アンディードの返事は予想外のものだった。
「なんでだ?」
「私がホムンクルスで、本来なら、購入したご主人様に奉仕するためだけに製造された魔道生物だからです。そのホムンクルスが失敗作で、しかも通り魔事件を起こしたと判明すれば、その時点で破棄処分が確定します」
「そういうもんなのか」
「はい」
アンディードがうなずいた。
「もちろん、私を購入したご主人様がいるなら話はべつですが、いまの時点では、慶一郎さんは私の知人でしかありません。保釈金もないようですし」
「なるほどね」
どこの世界でも、先立つものは金ってことか。まあ、それは仕方がないとして。
「じゃ、君はこれからどうするんだ?」
「逃げるしかないでしょう。黙って破棄処分になるなんて、冗談じゃありませんし」
「そんなこと言ったって、いつかは捕まるぞ。不死区から逃げだすなんて無理だろうし」
「それはどうでしょう?」
アンディードがほほえんだ。
「純粋な吸血鬼なら、不死区から秘密裏にでるのは難しいかもしれません。あの方々は海を渡れませんから。棺に入って、正規の手続きで、輸送船や飛行機で運搬されるしかないと思います」
「JОJОのディオみたいだな」
「個人的には、フランク・ランジェラ主演の『ドラキュラ』と言ってほしかったですね」
「それは失礼」
「まあ、それはいいのですが。でも、私はホムンクルスで、そもそも吸血鬼として登録されていません。密航も難しくないでしょう。その気になったら、船の外壁に張りついたままで海を渡ることもできますし」
「そんなことできるのか?」
「できますよ。もっと言うなら、不死区は太平洋上につくられていますが、本土との距離は一〇〇〇キロ程度です。でしたら、普通に泳いで、本土へ行くことも可能ですから」
「大した体力だな」
「私は、慶一郎さんのような羽佐間シリーズにも対抗できるようにつくられたんですよ?」
「そして、本土でも吸血鬼的な通り魔事件を起こすわけか?」
「私は吸血衝動をとめられませんから。安心してください。私がいくら血を吸っても感染はありませんので」
「そういう問題じゃないぞ」
俺はあきれた。ここにきてから、あきれるのは本当に何回目になるだろうか。
「DKの基本的人権を守るために、この不死区がつくられたんだ。まあ、ぶっちゃけると、悪質な人種隔離政策みたいになっちゃってて、これが本当の理想郷かって訊かれたら俺だって返事に詰まるけど。ただ、そのおかげで、本土の人間も安心して生活してる。その本土で吸血鬼が犯罪を起こしたって話になってみろ? 本土と不死区の間で大戦争が起こるぞ」
「確かに、起こるかもしれませんね」
「そんなこと、俺が見過ごすと思うか?」
「お堅いんですね」
「俺たち人造人間は、DKと、人間の間で発生する事件や犯罪を阻止するためにつくられたんだ。何度も言っただろう?」
「私はさきほど、一回聞いただけですが」
「そりゃ失礼」
「で、どうするんですか?」
「最初の提案通り、警察に行ってもらうしかないな」
「そうですか。私を殺す気なんですね」
「保釈金なら、なんとか努力してみる」
結華の家柄が、この不死区の区長とか、そういうレベルだからな。土下座して頼みこめば、なんとかなるかも知れない。――いや、やっぱり無理かな。
『高貴な大吸血鬼の一族であるわたくしが、なぜダンピールまがいのホムンクルスなどを助けなくてはならないのです?』
結華の性格なら、こんなことを言ってアンディードを見殺しにするに決まっている。どうしよう。――考える俺の前で、アンディードが立ち上がった。いや、これは立ち上がったのではない。戦闘モードに入って体格が変わったのか。見る見るうちに十歳前後だったアンディードの姿が俺と同年代のものに変わっていく。
話し合いは決裂のようだった。
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