第一章 東京都不死区への転校・その9

「それで?」


 うながしたら、あらためて結華はこっちをむいた。


「ちゃんと確認をしますけれど、あなたは、人造人間なのですね?」


「そうだけど?」


「血は流れているのですね?」


「そういうふうにつくられてる。骨格はファインセラミクスで、ハイブリッドDNAとサイバネ技術で」


「そんな説明は結構です」


 俺の言葉をさえぎり、結華が俺を上から下までながめた。上から下まで見られるのは、理事長、由真につづいて三度目である。やはり俺は珍しいのだろう。


「ただ、ということは、普通の人間とは、血の味も違うわけですわね?」


「それは同じだって話だけど」


「え、そうなのですか?」


「うん」


 俺はうなずいた。これは結華の親父さんにも話したことである。


「ちゃんと味を比べたことなんてないけど、羽佐間園というところでそう聞かされた。だから、普通の人間と血の味に違いはないと思う」


「そうでしたか」


 結華が横をむいた。


「予定がくるいましたわね。普通の人間と味が違うだろうから、興味があると言うつもりでしたのに」


 小さい声で呟き、ふたたび結華が俺を見た。


「そうですね。ここまできたら、正直に言いましょう。わたくしは、実は、まだ人から血を吸ったことがないのです」


「あ、そうなんだ」


 俺は意外そうな顔でうなずいて見せた。ま、実際その通りだったんだろう。けがらわしいとか言っていたし。


「じゃ、いままでは、どうしてたんだ? やっぱり、給付された輸血パックに頼ってたのか?」


「それもありますが、それだけではなく、ドイツのブラッドソーセージとか、中国の、豚の血を固めた食材を口にしていました」


「ふうん。豚のケツを吸ってたわけか」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


「ただ、わたくしも十六です。そろそろ、本当の吸血を経験しても問題ないと思うのです」


 俺は吸血鬼の血を吸う適齢期なんて知らないから何も言えないが、そういうものらしい。


「あのな、それはいいけど、ちょっと質問な?」


 俺もわからないことがあるから訊いてみた。


「なんでしょう?」


「だったら、普段のとりまきっていうか、舎弟の血でも吸えばよかったんじゃないか? 結華がスクールカーストトップだって話は聞いてるし、そういう仲間もいるんだろ? それに、大吸血鬼の血筋なら、感染しないように、うまく血だけを吸うこともできると思うけど」


 俺の質問に、結華が柳眉をひそめた。


「確かに、そういうものたちもいますが、あの男子たちは、わたくしの親衛隊のようなものです。誰かひとりだけを特別あつかいするわけにはいきません」


「へえ」


 アイドルが追っかけの誰かと付き合うわけにはいかない。というような理屈なんだろう。


「さらに言うなら、あの男子たちが、普段、何をやっているのかは私にもわかりません。そもそも、好きでもない相手の血を吸いたいとも思いませんし」


「ふうん」


 吸血行為は性的快楽を伴うからな。興味のない相手とエッチなんかしたくない、か。


「じゃ、なんで結華は俺の血に興味を持ったんだ?」


「あなたは人造人間で、特別です。純粋培養ですから、不衛生なバイ菌も入っていないでしょうし」


「ふむ。つまり、野生のジビエはハードルが高いから、まずは養殖のケツを吸おうというわけか」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 黙って見ていたら、結華の、俺を見る目が少しうるんできた。


「それに、あなたは、お父様が、わたくしのために本土から招き入れた人造人間です。やはり、一度くらいは血を吸っておかないと」


「なるほど、味見か」


 ひとり言でつぶやいたら、結華が柳眉をひそめた。


「味見って――」


「じゃ、違うのか?」


「――味見です」


「はいよ」


 俺はワイシャツのボタンをはずして首を晒した。これが目的だったのだろうに、結華が妙な顔をした。


「慶一郎は、わたくしに血を吸われることに抵抗がありませんの?」


「特にないけど?」


 結華に血を吸われる生贄になるのが俺の役目だ。それと交換条件で、俺は不死区で普通に生活ができるし、エクス学園の学費を払わなくてもいいことになっている。ここで拒絶したら、その場で俺には退学という結末が待っていた。


 どうしてだか、あらためて結華が赤面した。


「そうだったのですね。慶一郎は、わたくしに血を差しだしてくれるのですね」


 少しうつむいて言う。口元が見える。笑顔に見えた。


「では、目をつぶっていなさい」


 結華が顔をあげた。怒ったみたいに俺をにらみつけている。さっきまで笑っていたように見えたのは、何かの間違いだったらしい。ただ、赤面は見間違えじゃなかった。


「何をしているのです? 早く目をつぶりなさい」


 赤い顔で、恥ずかしいのを我慢しているみたいな感じで言ってきた。仕方がないので目をつぶる。


 冷たい吐息が首筋に吹きかかってきた。

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