第二章 謎の通り魔と遭遇・その1
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翌日の夜、エクス学園に登校して、カバンからだした教科書を机のなかにいれていると、由真も教室にやってきた。
「オース慶一郎」
笑顔で言いながら近づいてくる。――適当なところで立ち止まるかと思ったら、そのまま由真が俺に触れるまで歩いてきた。ひょいと手を伸ばして抱き着いてくる。
「おいおいおい、今日もか」
「んークンカクンカ」
俺の声など聞いていない調子で由真が言い、そのまま、ギューッと抱きしめてきた。
「ほーら。今日も、私の匂いをつけないと」
「あのな、こういうハグは、恋人同士でやるもんだぞ」
「べつにいいじゃん、そんなの」
「よくないって――」
あまり力をこめずに、それでも、なんとか由真を引き離そうと四苦八苦していたら、キーンコーンカーンコーン コーンカーンキーンコーンという呼び出しのチャイムが鳴った。
“二年十三組の羽佐間慶一郎くん、理事長室まできてください”
「なんだ?」
まだホームルームもはじまってないのに。というか、俺がエクス学園に登校してるってよくわかったな。俺の頭から発信されてるビーコンで探索したんだろうか。
「慶一郎、何やったの?」
由真が不思議そうな顔で訊いてきた。俺にもわからないから返事のしようがない。
「何もやってないと思うんだけど。とりあえず行ってくる。悪いけど、紅葉先生がきたら、俺は理事長に呼ばれたって説明しておいてくれ。というか、離れてくれないか?」
で、俺は理事長室にお邪魔することになったのである。
「何かご用ですか?」
「実はな」
昨日とは違う種類の、それはそれで高級そうな背広を着た理事長が、またもや俺を上から下まで見た。
「昨夜、私は業務が忙しくて、家に帰るのが遅れたんだ」
「はあ」
「それで、先に帰った娘が、妻と一緒に、私が帰る前に食事をとっていたんだが、そのとき、娘が君のことを話題にだしたそうだよ」
「そうですか」
娘っていうのは結華のことで間違いないだろう。なんだかわからないからボケッと聞いていたら、理事長が苦笑した。
「これは妻から聞いた話なんだがな。食事中、娘が男子の話をするのははじめてだったそうだ」
「へえ。どんなこと言ったんですか?」
「内容は、大したものではなかったらしい。本土から、祖父の区長が呼び寄せた人造人間の男子がきて、自分が血を吸った、という程度だったそうだ。笑顔だったそうだがな。おそらく君のことを気に入ったんだと思う」
「そういうことを言われたら、悪い気はしませんね」
「それはよかった。それでだな。これは教育者としてではなく、親としての頼みなんだが、娘とは仲良くしてやってほしいんだ」
「べつにかまいませんけど。友達が多くて困るわけでもありませんし」
と、会話の流れで返事をしてから、俺は首をひねった。
「ちょっと待ってください。ひょっとして、俺を呼びだした件って、それですか?」
「ああ」
理事長がうなずいた。
「私から言うのもおかしいかもしれんが、あれはプライドの高い娘でな。自分からは、なかなかそういうことは言いだせないだろう。だから、まあ、さりげなく、なんとなく、適当に時間をかけてでいいから、そういう態度を頼みたい」
「わかりました」
と、俺は返事をした。
そして、約一週間が経ったのである。
「う、ううん」
今日も結華は俺の血を吸いながら妙な声を上げていた。吸血時間そのものはそれほど長くないので、俺も貧血にならないので助かっているが。少しして、結華が俺の首筋から口を離す。
「ああ、慶一郎、慶一郎」
俺に抱き着いた状態で、うわ言みたいに結華が俺の名前をつぶやいていた。いままでの経験からわかるが、そろそろ正気に戻るころだな。
「――慶一郎」
「ん?」
うわ言ではなく、名前を呼ばれたみたいに言われたので、俺は目をあけてみた。案の定、結華は普段の顔つきに戻っている。ただ、どういうわけだか、俺に抱き着いたまま、離れようとしない。
それで、なんだか不満そうにしていた。
「何か?」
「あの」
結華が俺を抱きしめたまま、なんだか困ったように俺をにらみつけてきた。
「わたくしを抱きしめなさい」
「は?」
よくわからないことを言ってくる。結華は赤い顔で、それでも柳眉をひそめていた。
「いま、わたくしはあなたを抱きしめているのです。こういうときは抱きしめ返すのが礼儀でしょう」
「え、そういうものなのか」
「いいから抱きしめなさい。これは命令です」
「俺は、ここの区長に呼ばれてきたけど、べつに、結華の命令を聞く必要はないはずで」
「屁理屈を言ってないで、抱きしめなさい」
屁理屈を言ってるのは結華のほうだと思うんだが、とりあえず俺は結華を抱きしめた。言われたことに逆らって問題を起こすよりはましである。
「慶一郎」
俺の腕のなかで、結華が小さくつぶやいた。なんだか俺、ずっと名前を呼ばれっぱなしだな。
「もういいです」
二、三分してから結華が言ってきたので、俺は手を離した。結華がうつむいたまま、俺から距離をとる。俺は用意しておいたティシュで自分の首筋を拭き、脱いでおいた学生服に手をかけた。
袖に腕を通しながらなんとなく見ると、結華もこっちを見ていた。少し悲しげに、何か言いたそうにしている。
「何かほかに?」
「いえ。今日は、もうこれでかまいません」
「そりゃどうも。じゃ、終了ってことで」
俺は、赤い顔で視線を逸らす結華に軽く会釈をした。そのまま、職員室脇の、教師用のトイレからこっそりでる。
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