第三章 復学した生徒・その3
「あのさ」
そのまま廊下を歩いてトイレの前あたりまで行き、由真が少し小さい声で話しだした。さっきと違って、心配そうな顔である。
「大丈夫? 慶一郎、何かされなかった?」
「は? べつに、何もされなかったけど」
「ならいいんだけど。でも、黒川には気をつけたほうがいいよ。慶一郎は知らなかったんだろうけど、黒川って――黒川って、上の名前なんだっけ?」
「黒川だろ。マーティ黒川って言ってたけど、マーティが下の名前のはずだ」
「あ、そうか。じゃ、黒川でいいんだっけ。で、その黒川なんだけど、なんか、ちょっとあぶないんだよ。ほら、友達は選べって言うし」
「へえ、あぶないのか?」
俺は教室にいた、黒川の顔を思いだしてみた。
「そんな風には見えなかったけどな」
「あ、慶一郎は知らないからね。黒川って、実は、いままで停学食らってたんだよ。その理由が原爆の材料つくってたっていう無茶苦茶な内容でさ。だから、慶一郎みたいな人造人間は、とっつかまって何かの実験に使われるかもしれないし」
「プルトニウムの話なら俺も聞いてる。さすがに反省して、これからはおとなしくするって言ってた」
「ならいいんだけど、本当かな」
由真が首をひねった。
「黒川って、科学に興味がある。魔道は好きじゃないなんて言ってるんだけど、そもそも、それが信用できないし」
「へえ。なんでだ?」
「これは私の想像なんだけどさ」
ここまで言ってから、由真がさらに声量を落とした。
「黒川って、たぶん、科学だけじゃなくて、黒魔術のヤバい儀式とか、そういうのも、こっそりやってるよ」
「は? そりゃ、ひどい偏見だな。ダークエルフだから無条件に悪党扱いしてるのか?」
「え、何を言ってるの。私がそんなことするわけないじゃん」
ムッとした顔で由真が俺をにらみつけてきた。こういうのは由真も気に入らないらしい。
「種族差別なんて、クズのやることだよ」
「ああ、ごめん。いまのは失言だった。取り消す」
「わかればいいから。ただ、私が黒川を疑ってるのは、ダークエルフだから無条件に悪者扱いしてるんじゃなくて、ちゃんとした証拠があるからなんだよ」
「へえ、どんな?」
「ほら、私って狼人間だから鼻が利くじゃん?」
言いながら、由真が自分の顔を指さした。
「それでわかるんだけど、黒川って、ときどき血なまぐさいんだよ。だから、きっと黒魔術の儀式で、何かの生贄を捧げたりしてるんだと思う。黒魔術の詳しいことなんて私も知らないから、そういう意味では偏見かもしれないけどさ」
「なるほど、メイ推理だな」
「そうでしょ?」
「迷うほうのメイだけどな」
「いま何か言わなかった?」
「いやべつに。ていうか、言ったら悪いけど、女がときどき血なまぐさくなるのって、あたりまえだろう。何を勘違いしてるんだ」
「は?」
俺が言ったら、由真が変なものでも見るみたいな目をした。
「慶一郎こそ何を勘違いしてるの? 黒川って男じゃん」
「――は?」
今度は俺が変な目になったと思う。あらためて、俺は黒川の顔を思いだしてみた。
「あの顔でか?」
「あの顔だからだよ。そりゃ、ダークエルフだから美形だけど、それでも男と女の区別くらいはつくじゃん?」
「ふうん、そうなんだ」
俺はうなずくしかできなかった。俺の目には美少女にしか見えなかったけどな。声変わりもしてなかったし。不死区で生まれ育ったDKとは違い、本土からきた俺では、そのへんの微妙な差異に気づけないのかもしれない。
「まあ、だいたいの話はわかった。でも、まあ、気にする必要はないと思うぞ」
「え、なんで?」
「いままで、それで何か被害があったのか?」
「――うーん。それは――」
由真が少し考えた。
「ないね」
「ならいいじゃないか。少しくらい血なまぐさいからって、無闇に疑うもんじゃない。黒魔術じゃなくて、何かの動物実験をしていたのかもしれないし、怪我をしてたのかもしれないし。それに、停学食らって反省したって言ってるんだから、まずはそれを信用してやるのが基本だろ」
「――なるほど。それもそうか。これは私が間違ってたかもね」
とりあえず、由真は素直にうなずいた。
「じゃ、黒川のことは信用してあげようかな」
「それがいいぞ」
「わかった。じゃ、教室に戻ろ」
「おう」
「それから、しばらく夜遊びは控えたほうがいいかもね」
「なんだ? 小遣いが厳しくなったのか?」
「何を言ってるんだよ。知らないの?」
教室まで歩きながら訊いた俺に、由真があきれたみたいな顔をした。
「昨日、不死街の近くで違法な吸血行為があったんだよ。通り魔って言ったらいいのかな。お互いの同意なしの、無理矢理な吸血。半神街から遊びにきてたケンタウロスの女性が、それで意識不明の重体なんだって」
「へえ。――あ、あれだ。昨日の夜、俺たちにも絡んできた、あいつか。じゃ、催眠術で意識を奪われて、それでやられたんだな」
「あ、慶一郎は知らないんだね。ケンタウロスとか巨人族みたいな半神街の住人は、吸血鬼の催眠術が効かないんだよ。だから、意識を奪ってから血を吸ったんじゃなくて、意識のある状態で、力任せに襲いかかって血を吸ったことになるね」
「ふうん」
なんだ。吸血鬼の催眠術が通用しないのって、俺だけじゃなかったのか、などと考えてから、俺は驚いた。
「え、ちょっと待ってくれ。ケンタウロスって、上半身が人間で、下半身が馬のDKだよな? あれを押さえつけて血を吸ったのか」
あの白マスク、とんでもない奴だったんだな。由真がうなずいた。
「まあ、そのうち警察が捕まえてくれると思うけど。それまで、夜は歩きまわるのなしにしようよ」
「そうか。わかった」
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