第三章 復学した生徒・その4
2
教室に戻ってから、あらためて、ちらっと横目で黒川の着ている学生服を確認したら、確かに男子の学生服だった。さっきは顔だけ見ていて、ちゃんと確認してなかったからな。座っている席の位置も男子の席の位置である。本当に男だったらしい。まあ、冷静になって考えたら、マーティは男の名前だった。
そのまま普通に授業をこなして、四時限目、体育の授業になった。
「じゃ、慶一郎、またね」
由真が笑顔で手を振って、ほかの女子と一緒に教室をでていった。女子には更衣室があるが、男子にはないから教室での着替えである。
「それにしても、黒川って頭いいんだな」
俺は学生服を脱ぎながら、マーティに話しかけた。数学と理科の授業中、黒川はとにかくなんでも答えていた。国語と社会はそれほどでもなかったが。黒川も学生服を脱ぎながら笑顔を返す。――俺の目には、やっぱりギリシャ彫刻の美女みたいに見えた。ダークエルフの世界にも、男の娘がいるってことなんだろうか。
「数学と理科はおもしろいからね」
「へえ、おもしろいかあれ?」
「おもしろいよ。数独とかクロスワードやってるのと大して変わらないし。熱中できるし」
「なるほど、好きこそものの上手なれってことわざがあるけど、それだな」
感心しながら俺はシャツを脱いだ。つづいてズボンも脱ぐ。自分のジャージを手にとりながら顔を上げると、黒川もシャツとズボンも脱いでいた。
ブラジャーをしていた。履いているのもトランクスじゃなくて女性もののパンツである。胴体もキュッとかわいらしくくびれていて、さすがに由真ほどの巨乳ではなかったが、どう見たって、これは女性の身体だと言うしかなかった。
「おいおいおい黒川!」
俺は慌てて黒川に声をかけた。男の娘かと思ってたら、やっぱり女の娘じゃないか。黒川が、なんでもないような顔をしてこっちをむく。
「なんだい羽佐間くん?」
「なんだいじゃない。その身体。なんでこっちで着替えてるんだ?」
「え、何を言って――」
不思議そうに黒川が訊き返しかけ、一瞬置いてから、その表情が恐怖に変わった。顔色も悪くなったと言いたかったが、ダークエルフなので、これはわからない。
「きゃ!!」
かわいらしい悲鳴を上げながら、黒川が自分の身体を抱きしめながらしゃがみこんだ。ほかの男子たちが、なんだ? という顔でこっちをむく。
「なんだ?」
「きゃあ?」
変な目でマーティを見てくる。それはそれとして、俺はどうすればいい? 周囲の視線に気づいた黒川が、あたふたした顔で立ち上がった。
「ああ、ごめんごめん、なんでもないよ。あはははは」
不思議そうにする男子たちに言ってから、黒川がジャージに手をかけた。ものすごい勢いで身に着けだす。――単純に考えて、俺に下着姿を見られるのが恥ずかしいからだろう。ほかの男子には平気な顔をしていたのに。不思議に思いながらも、とりあえず俺は横をむくことにした。そのまま自分のジャージに袖を通していると、先に着替えた黒川が、いきなり俺の腕をつかんでくる。
「なんだ?」
「ちょちょちょっといいかな。話があるんだ」
言って、いいも悪いもなしで黒川が俺を引っぱって歩きだした。教室のドアをあけて外にでる。そのまま廊下を歩いて、非常階段の前まで行って、黒川が立ち止まった。大きく息を吐く。
「よし、ここなら見てる人はいないし、大丈夫ね」
女口調でつぶやき、黒川が俺を見上げた。なんか、泣きそうである。
「うっかりしてました。羽佐間さんは人造人間だから、私の本当の姿が見えてるんですね」
「は?」
「実は私、いま、幻覚魔法を使ってるんです。だから、ほかのみんなには、私の声は男の声に聞こえて、私の姿は男の姿に見えているはずなんです」
「あ、なるほどな」
なんだか由真と言ってることが噛み合わないと思っていたら、そういうことか。ほかのみんなには、黒川の本当の姿が見えていなかったのである。
考える俺を、黒川が涙目で見つめてきた。
「あの、お願いです。どうか、このことは、誰にも言わないでください」
「――まあ、言い触らして欲しくないんなら、黙ってるけど」
「そうしてくれると助かります」
「ただ、あらためて質問いいか? なんでだ?」
「あ、これは、その、長老たちの命令で」
俺の質問に、黒川がうつむきながら返事をした。さっきまでのマッドサイエンティスト的な、変に余裕のある口調ではない。そのままブツブツと不満そうに言いだす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます