第三章 復学した生徒・その5

「うちの長老たちって、考えが古いんですよ。私が見ててもあきれるくらい長生きするし、フケないしボケないし。基本的に世代交代しないから、五〇〇年も前の、カビが生えたみたいな風習を平気な顔で押しつけてくるんです。それで、仮にも魔道を司るものなら、何かひとつでいいから周囲を欺いて生きてみせろ。それも、女は身の危険があるから性別を偽るのが基本だとか、訳のわかんないこと言いだして、それで仕方なく」


「あー、なるほどな。そういうことか」


 長生きできるってのは羨ましい話だが、上の連中が古臭い考えのまま進化できないというのは考えものだ。


「ただ、いまの時代、そんなことしたら、かえってあぶなくないか?」


「私もそれ言ったんですけど、長老たち、聞いてくれなくて。だから私、女だってばれると、この学校を辞めさせられちゃうんです」


「そんなもん無視して好きにやればいいんじゃないか? プルトニウムを生成できるくらいなんだから、魔法で逃げだせるだろうに」


「そんなことができたら苦労しませんよ。私が魔法を使って逃げにかかっても、むこうも魔法で追いかけにくるし」


「あ、そうか。そりゃ大変だな」


 一族全員が魔法を使えるんだから、全員が魔法を使えないのと同じ。黒川に優位性はゼロだ。――伝統に凝り固まった、口うるさい親にうんざりする娘。その逆で、新しい世代の考えを理解できない大人たち。どこの種族のご家庭も抱えている悩みは変わらないらしい。


「とりあえず、話はわかった。このことは誰にも言わないから安心してくれ」


「ありがとうございます」


 黒川がほっとしたみたいな顔をした。それから、慌てたみたいな感じで頭を下げる。


 すぐに頭を上げた。


「ごめんなさい。お礼を言うときはお辞儀をするのがルールだっていうのは知ってるんですけど、動揺すると忘れちゃって」


「そんなのは気にしなくていいから」


 言葉だけじゃなくて、日本の文化もきちんと学習してるのか。知識欲旺盛なのはいいことだ。感心してから、俺は言わなくちゃならないことに気がついた。


「あのな。さっきから敬語になってるぞ。同級生なんだから、そういうのはなしだ」


「あ、うんうん。じゃ、そういうことで。ありがとう羽佐間くん」


「羽佐間くん、か」


 俺は苦笑した。昨日のアンディードと同じである。黒川が不思議そうに俺を見た。


「何かおかしかったかな?」


「べつにおかしくはないんだ。ただ、ここにきてから、慶一郎慶一郎って、下の名前で呼ばれてばっかりだったからな」


「あ、そうなんだ。じゃ、僕も慶一郎くんって呼ぶから。いいかな?」


「かまわないけど。じゃ、あらためて、よろしくな、黒川」


「マーティでいいですよ――じゃなくて、いいよ。お互いが下の名前で呼び合わないとフェアじゃないから」


「そうか。じゃ、そういうことで」


「ありがとう慶一郎くん」


 マーティがほっとしたように、笑顔でうなずいた。――俺の目には、どう見てもダークエルフの美少女に見える。ほかの人間にはどう見えているのか、俺は少し興味を持った。


「そういえば、写真を撮ったら、どういう映像が残るんだ?」


 この程度の質問は問題ないだろうと思って訊いたら、マーティが苦笑しながら頭をかいた。


「それは、どうしたって本当の姿が写るから、なるべくそういうのは断ってるんだ。あと、声の録音も。まあ、心霊写真よりも普通の写真を撮るほうが難しいようなところだから、誤魔化そうと思えば、そのへんはなんとかなるんだけど」


「なるほどね。それから本当の名前は?」


 写真の質問と同じ感覚で訊いたら、急にマーティが目を見開いた。なんでか驚かせてしまったらしい。


「あ、あの」


 どうしてか、オドオドした感じで訊いてくる。


「本当の名前ですか?」


「マーティって、男の名前だろ? アーティストとか、映画の役で聞いたことあるけど、どっちも男だったし。それとも、ダークエルフの世界では、マーティは男でも女でもOKな名前なのか?」


「あの、OKじゃないです。私の真名はべつにあります」


 なんか、困ったみたいな顔をしている。――少しして気づいた。肌の色でわからなかったが、これは女性が赤面してるときの表情である。


「でも、そんな、あの」


「ひょっとして、何か恥ずかしい名前なのか?」


「あ、べつに、そういう訳じゃなくて」


 言ってマーティがうつむいた。


「あの、わかりました。言います」


 小さい声で言う。キラキラネームだから言いたくないってわけではなかったらしい。


「マーキュリーです」


 少しして、つぶやくように言ってきた。俺の感覚でも、それほど変な名前には聞こえない。


「ダークエルフの世界では、おかしな名前なのか?」


「あの、そういうわけでは」


「そうか。まあ、学校じゃ、マーキュリーじゃなくて、マーティって呼ぶから。それでいいんだよな?」


「はい」


 こくりとマーティがうなずいた。


「それで、あの、僕、このあと、どうすれば」


「体育の授業にでればいいんじゃないか?」


「あ、うんうん。そうだよね。授業にでないとね」


 マーティがうなずき、俺たちは校庭にでた。ほかの男子と一緒に授業をこなす。――本日の体育はサッカーだったが、当然ながら、マーティの運動能力はクラスで最低だった。


「理数系で成績優秀なのはいいけど、もっと身体を動かさないと、体育のほうで赤点とっちまうぞ」


 マーティの秘密を知らない男子が見当はずれなことを言ってきたが、マーティは照れ隠しに笑ってるだけだった。

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