第三章 復学した生徒・その6

「あ、マーキュリーも、もともとは男の名前だったのか」


 普通に授業を終え、こっそり結華に血を吸われてからエクス学園の寮に戻った俺は、パソコンでマーキュリーの名前を検索していた。マーティと同じで、マーキュリーという名前のアーティストも存在したらしい。これは知らなかったな。――上半身裸の写真がでてきた。ゲイでエイズで死去したとか。


「だから言いたくなかったのかな」


 同姓同名の有名人が変な死に方をしたから、名乗りにくいっていう心理が働いたのかもしれない。ま、女だってことは言わないって約束したし、マーティと呼んでいれば問題はないだろう。ひきつづき、俺は不死街を検索にかけた。エクス学園で由真が言っていた通り魔事件のことを知っておこうと思ったのである。


 そのとき、コンコンと扉にノックの音がした。誰だ?


「どちら様?」


 俺は戸口に立って質問してみた。


「僕だよ。マーティ」


 声は、相変わらず女性のものに聞こえた。とりあえず扉をあけてみる。学生服姿のマーティが俺を見上げていた。やっぱり女性の顔である。


「どうぞ」


 なんの用かな、と思いながら、俺はマーティを部屋に招き入れた。


「お邪魔します」


 なんでかオドオドした感じでマーティが部屋に入ってきた。部屋をぐるっと見まわしてから、あらためて俺を見上げる。少し声をひそめて言ってきた。


「あの、ルームメイトはいないんですか?」


 ふたりきりのときは敬語で話すつもりらしい。


「この寮って、基本的にひとり部屋なんだよ。ちょっと大きめで、それがありがたいんだけど」


「あ、そうなんですか。じゃ、誰もこないんですね」


「まあな。好きにしてていいぞ」


 俺が言うと、おとなしくマーティが部屋の奥まで入っていった。机に何か置く。なんの用かは不明だが、それを確認するより菓子でも振る舞うのが先だと俺は考えた。


「マーティは、この寮に住んでいないのか?」


 部屋の隅に置いてたポテトチップを手にとりながら聞いてみた。振りむくと、マーティは学生服の上を脱いでいる。暑かったかな。


「あの、私は自宅から通ってるんです。妖精街は近くだから、寮に住むとか、そういうことをしなくて済むし」


「あ、そうなんだ。――そういえば、フェアリーとかピクシーとか、西洋の妖精たちもぞろぞろ通ってるもんな」


 一応は日本なのに、ずいぶんとグローバルな学園だと思っていたが、そういうことか。感心しながら、俺はエアコンのリモコンに手をかけた。少し冷房を強めにする。マーティは、俺の背後で、まだゴソゴソやっていた。――エアコンの電源を入れたんだし、パソコンはスリープにしておくか。電気の無駄遣いは好きじゃない。


「それで、どういう用件で」


 パソコンをスリープにし、俺はマーティのほうをむいた。マーティは学生服を脱ぎ、ベルトのバックルも外し、さらにはワイシャツも脱いで、ブラジャーまで外していた。へえ、ほかの肌の色より、胸の上の、頂点の突起部分のほうが色素は薄いのか。綺麗な蛍光ピンクである。――そういえば、アーティストのマーキュリーも上半身裸だったな、なんて、どうでもいいことを俺は考えた。


 で、少しして正気に戻った。


「おいおいおい黒川!!」


「あ、ごめんなさい」


 俺の声に、マーティがビクッとした顔で謝罪した。


「もたもたしていてすみませんでした。すぐ脱ぎますから」


 言いながらマーティがズボンに手をかけた。するするっとズボンを降ろしていく。驚く俺の前で、マーティーがパンツにまで手をかけた。それを、お、降ろし――降ろした。冗談抜きのポンポンスーである。しかも毛が生えてない!


「わー!!」


 悲鳴を上げる俺に、マーティが慌てた顔で人差し指を口にあてた。


「大きい声をださないでください! 外に聞こえたら」


「だったら服を着ろ!」


「え、だって、そんな」


「だってじゃなくて! 俺は後ろむいてるから!」


 宣言し、俺は背をむけた。いや、こういうときは部屋をでるべき――待てよ。全裸の女性がいるところで扉をあけるのはかえってまずいか。


「あの、本当にいいんですか?」


 後ろからマーティが訊いてきた。不安そうな声である。不安なのは俺のほうなんだが。


「とにかく服を着ろ。話はそれからだ」


「あ、はい。そういう命令でしたら」


 命令じゃなくてお願いしてるんだが。とにかく、そのまま待ってたら、あらためてマーティが背後でゴソゴソやりはじめた。


「あの、もう大丈夫です」


「そうか」


 俺は恐る恐る振りむいた。――ほっとした。もうマーティは服を着ている。


「あービックリした」


「ビックリしたのは私ですよ」


「いや俺だろう?」


 ビックリが収まったあとはあきれてきた。ここにきてからあきれることばかりである。とりあえず、マーティの前で腰を下ろすと、マーティも合わせるように俺の前で正座した。


 そのまま、五分ほど、俺たちはお互いに見つめ合うことになった。

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