第三章 復学した生徒・その7

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「えーとだな」


 何を言ったらいいのかわからない。マーティも、なんだか不思議そうにしている。


「あの」


 少しして、マーティのほうから訊いてきた。


「どうして、何もしないんですか?」


「は? どうしてって、どうして何かしなくちゃいけないんだ?」


「だって、男の人って、セックスが好きなんでしょう?」


 訳のわからないことを言ってきた。ここで気がついたが、マーティが机の上に置いたのは避妊具である。なんでこんなものを。


「私、もう慶一郎さんにレイプされても文句言えないし。いつかレイプされるくらいなら、いっそのこと自分からって思って」


「待て待て待て。何を言ってるんださっきから?」


 話が読めない。俺はマーティの顔を見た。マーティも妙な顔をしている。


「慶一郎さん、私の真名を知ってるじゃないですか。だったら私、もう絶対服従するしかないし」


「あ、真名ってそういうもんなのか?」


 俺は驚いた。それを見て、マーティも納得したような表情をする。


「そうか。慶一郎さんは知らなかったんですね。――えーと。なんて説明したらいいのかな」


 マーティが、少し考えるみたいな顔をした。


「実はですね。真名を知るっていうのは、陰陽術で式神を使役するための、契約を結ぶみたいなものなんです」


「ふうん」


 マーティの説明を聞いて、今度は俺が少し考えた。


「それって、パソコンのパスワードを知られてしまった、みたいなもんか?」


「あ、そうそう。そういうことです」


 俺のたとえ話にマーティがうなずいた。


「だから、本当なら、真名は、結婚する相手にも言わないのが普通なんです。それを知られた以上、私、もう慶一郎さんの性奴隷になるしかないって思って」


「そこが飛躍してるんだ。性奴隷ってどういうことだよ。というか、そんなに重要なら、なんで真名を俺に言ったんだ?」


「え? だって、慶一郎さんが訊いたんじゃないですか」


 マーティは涙目だった。


「私が本当は女だって、慶一郎さん知ってるし。それを言いふらされて退学にされたらおしまいだから、私、もう真名を言うしかないって思って。それで、レイプされまくって性奴隷にされるのも仕方がないって覚悟して」


「だから、レイプなんかしないって」


 俺はあきれた。マーティはマーティで、俺の反応が予想外だったらしく、キョトンとした目で俺を見ている。


「じゃ、どうして私の真名を訊いたんですか?」


「あんなの、ただの世間話だろ。言いたくなかったら言わなくてよかったんだ。真名を知られたら絶対服従なんて魔法の世界の常識、俺は知らなかったし」


 俺の言葉に、少しの間、マーティは俺の顔をながめた。


「だったら、私、真名を言わなくても良かったんですか? レイプもされないんですか?」


「あたりまえだ。つか、なんでそんなにレイプにこだわるんだよ?」


 俺の質問に、おもしろくもなさそうにマーティがうつむいた。


「だって、男の人って、女性の裸を見て興奮するって言うし。コンビニに行っても、水着を着た女性の写真が載った雑誌なんて、たくさん置いてあるし。あと、前に、ダークエルフ、エロ漫画でググったら、とんでもないのが山ほどでてきましたし。なんですかあれ。本土の人間って、あんな風に私たちのことを見てるんですか」


「そりゃ、そんなんで検索したら、そういうのがでてきて当然だと思うぞ」


「それはそうですけど。ていうか、本土の人間だけじゃありません。学校でも、私が男だって思ってる男子生徒と話をしていると、そういう話題がでてくるし。ダークエルフって性に開放的なんだろ。セックスフレンドとかいるのか? なんて訊いてくる男子までいました。ダークエルフだから性に開放的って、そんなことあるわけないじゃないですか。誰が言いだしたんだか知りませんけど、ひどい偏見ですよ」


「そりゃ、大昔に本土で馬鹿なことやりまくってたガングロギャルとカラーリングほとんど変わらないんだから、そういう偏見も当然だろうな」


「いま何か言いませんでしたか?」


「いやべつに」


「ならいいんですけど。――だから私、慶一郎さんも私のことをそういう目で見てるはずだし、もう性奴隷になるしかないんだって思って」


「いらんいらん。性奴隷になんかならなくていいから。というか、ならないでくれ」


「じゃ、セックスフレンドですか?」


「セックスから離れろ。普通の友達でいいんだよ」


 俺の言葉に、マーティが涙ぐんだまま、少し怒った顔をした。


「それじゃ、私、慶一郎さんに真名を言っちゃって、変な覚悟してここにきて裸になって、まるで馬鹿みたいじゃないですか」


「はっきり言うけど、俺も馬鹿みたいだと思う」


「――私、そういう経験したことないのに、レイプされるって思って、本当に怖かったんですよ」


 怒ってるんだか悲しいんだか、よくわからない表情のまま、マーティがポロポロ涙をこぼした。


「それで私、はじめての経験がレイプなんて、いやでいやで仕方がないから、自分で自分に魅了の呪文をかけて、慶一郎さんのことを好きになってここにきたんです。それなのに、慶一郎さん、何もしないで。おまけに馬鹿みたいって、ひどいじゃないですか」


「馬鹿みたいって自分で言ったんだろう」


 なんか、どさくさに紛れてとんでもないことを言われたような気もしたが、それは考えないでおくことにした。


「それと、もう泣かないでくれ。俺がいじめてるみたいじゃないか」


 俺たち人造人間は、DKと、人間の間で発生する事件や犯罪を阻止するためにつくられたのだ。その俺が、なんで半泣き状態のダークエルフをレイプしなくちゃならないんだか。涙を拭くためのティッシュを探そうと思った俺の前で、急にマーティが目を見開いた。


「ふん!」


 変な声をだす。なんだ? と思って気がついた。マーティは無理矢理涙を止めようとしてるらしい。


「あのな。泣かないでくれとは言ったけど、そこまで気合いをだして泣くのをとめる必要はないから」


「だって私、慶一郎さんの命令には絶対服従で」


「そういうのは考えるな。――そうだな。考えるな、というのが俺からの命令だ。もうマーティの本当の名前なんて忘れたから」


 マーティは長老たちの考えが古臭いとかなんとか言っていたが、マーティにも若干ながら、そういう要素はあるらしい。ま、結局は人間じゃないからな。どうしたって、少しはズレがあるか。考えながら、俺はティッシュをマーティに渡した。マーティが涙を拭いて微笑する。

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