第三章 復学した生徒・その8
「ありがとうございます。慶一郎さん、優しいんですね」
「俺なんて普通だよ。あ、それから、一応、訊きたいことがあるんだけど」
とりあえず、俺は気になっていたことを質問することにした。マーティがティッシュで涙を拭きながら俺を見る。
「なんですか?」
「あの、さっきな、マーティがズボンも下着も降ろしたとき、気になったんだけど。その、生えてるべきものが生えてないって言うか」
「は?」
マーティが眉をひそめた。
「何を言ってるんですか。私、女ですよ。生えてるわけないでしょう」
「あ、そうじゃなくて。――えーと、人間の男で言うと、子供のころはスベスベした顎なのに、大きくなると髭が生えるというか、そういう第二次性徴的な」
「あ、そっちですか。――やっぱり、慶一郎さんも人間の感覚で質問するんですね」
マーティが、ちょっと恥ずかしそうに、自分の顔を指さした。
「私たちって、髪の毛と眉毛とまつ毛以外に、目立った毛って生えないんです」
「あ、そうなんだ。そういえば、そういうのが趣味の男って、結構いるみたいだからな。ハーフエルフが生まれるわけだ」
「いま何か言いませんでしたか?」
「いやべつに」
「ならいいんですけど。――というか、ヨーロッパじゃ、そういう毛は短く刈りこむか、剃っちゃうのが基本ですよ? そうしないと不衛生ですから。ほったらかしにしてる日本の文化がおかしいんです」
「あ、そうなのか」
なんでも聞かないとわからないものである。感心する俺の前で、あらためてマーティが視線を合わせてきた。
「じゃ、あの。お言葉に甘えて、私と慶一郎さんは普通の友達ってことで」
「それでいい」
「相手の真名を知って、絶対的な上位にいるのに、ただ優しいだけだなんて、ずるいですよ」
うなずく俺に、よくわからないことを言ってマーティがほほえんだ。スマホをだす。
「あの、メールとかSNS、いいですか?」
「俺は電話番号しかないんだ」
俺もスマホをだした。お互いの番号を交換する。
「それから、友達からのアドバイスということで、聞いてくれますか? 原田さんのことなんですけど。ほら、エクス学園で、よく慶一郎さんと話をしてる、金髪大巨乳の」
スマホをしまいながら、マーティが急に話題を変えてきた。
「由真がどうかしたのか?」
「あの人、ちょっと問題があるんですよ。友達は選んでおいたほうがいいです」
由真がマーティについて言ったことと同じことを言ってきた。
「慶一郎さんもご存知かと思いますけど、この不死区の区長の孫娘で、しかも、エクス学園の理事長の娘で、大道寺様っていう吸血鬼がいるんです。まあ、言ってみれば、スクールカーストのトップですね。で、昔、その大道寺様が、原田さんに、自分のグループに入らないかって声をかけたんです。それなのに原田さん、平気な顔で断って。そもそも、空気読めないっていうか、天然みたいな性格してますからね。一種の変人って言ったらいいのか。それで、みんなから浮いちゃって」
「あー、その話か。確かに言ってたな」
「だから、その原田さんと一緒にいると、慶一郎さんも同じように、浮いた感じになっちゃうんじゃないかと思うんです。それが心配で」
そういうマーティもプルトニウムを生成して停学になったあぶない奴だったんだが。
「自分のことを棚に上げてものを言うってのはこのことか」
「いま何か言いませんでしたか?」
「いやべつに。ただ、俺は由真とは友達だからな。たぶん、これからも一緒にいると思う」
俺が言ったら、マーティが眉をひそめて俺を見た。
「それでいいんですか?」
「周囲の目を気にして生きていても仕方がないからな。他人に迷惑をかけないレベルで、自分のやりたいことをやればいいんだ」
「――へえ」
俺の言葉に、マーティが感心したような顔をした。
「格好いい。慶一郎さんって、きちんとしたポリシーを持っているんですね」
「と、前に由真が言ってたんだ」
「え」
「だから、格好いいのは俺じゃなくて由真だよ。マーティも、由真と友達になってやれ」
「――え?」
友達ができなくて寂しかった、なんて由真も言ってたし。俺だけじゃなくて、女友達も必要だろう。まあ、由真はマーティを男だと思ってるんだろうが。――などと考える俺の前で、マーティが露骨に嫌そうな顔をした。
「あの、私の恋愛対象って男性なんですけど。私、原田さんとセックスフレンドにならなくちゃいけないんですか?」
「だからなぜそっち方面に行く!? 普通の友達でいいんだよ!!」
「あ、ごめんなさい。普通の友達ですね。わかりました。慶一郎さんの命令なら」
「命令じゃなくてお願いだ。まあ、聞いてくれればなんでもいいんだけど。あとは、アンディードのことも、ちゃんと由真に紹介しておくか」
俺みたいな人造人間とも由真は友達になった。なら、ホムンクルスとも友達になれるだろう。なんとなく言っただけなんだが、ここでマーティが怪訝な顔をした。
「すみません、アンディードってなんですか?」
「エクス学園に通ってるホムンクルスだよ」
「――そうなんですか?」
俺の説明に、マーティが急に表情を変えて小首をかしげた。さっきまでの半泣きではない。自分の知識を総動員させている、推理小説にでてくる名探偵みたいな顔である。
「その、アンディードって、ホムンクルスの個人名ですか? それともシリーズの名前ですか?」
「さあ。それしか名乗らなかったから」
「じゃ、シリーズの名前のはずですね。ふーむ」
マーティが眉をひそめながら俺を見た。
「そんなホムンクルスのシリーズ、記憶にないんですけど」
「ふうん? ま、そういうこともあるだろうな」
「そんなはずはないです。新規に製造されたホムンクルスがいるなら、魔導師街の知り合いから私に情報が入ってくるようになってますから」
マーティが立ち上がった。
「すみません、今日はもう帰っていいですか? いまの件、調べたくなりました」
「そうか。じゃ」
俺も立ち上がった。マーティと一緒に部屋の戸口まで行く。
「あ、それから、しばらく不死街には行かないほうがいいですよ」
部屋をでるとき、マーティが俺に忠告してきた。
「ご存知かもしれませんけど、不死街で、通り魔的な吸血事件があったそうです。犯人も捕まっていないとか」
「それは聞いてる。出歩くなら昼間にしないとな」
「あ、それが、それじゃ、駄目らしいんです」
マーティの言葉は少し意外なものだった。
「その通り魔事件、昼間に起こったんだそうです。その吸血鬼、太陽に耐性がある、支配者クラスだったみたいなんですよ。怖いですね」
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