第四章 謎の通り魔の正体・その1

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 翌日の夜、いつも通りにエクス学園へ行く準備をしようと思って、学生寮の自室で学生服に袖を通していたら、コンコンとノックの音がした。


「どちら様?」


 ひょっとして、また何か勘違いしたマーティがフルヌードを披露しにきたのかと思いながら声をかけてみた。


「わたくしです。大道寺結華です」


 声の主は意外なものだった。吸血鬼のお姫様がなんの用なんだ? とりあえず扉をあけてみる。


 名乗った通り、結華が女子の制服を着て、カバンを持って立っていた。なんだか不機嫌そうな顔をして俺を見上げている。


「あの、俺、これからエクス学園に登校しようと思ってたんだけど」


「わたくしもこれから登校するつもりでした」


「だよな。で、何かご用で?」


「もちろん用はあります。まずは、なかに入れていただけませんか?」


「あ。うん。ま、どうぞ」


 これから登校するんだから、エクス学園で、その用というのを話せばいいだろうに。不思議に思いながらも、俺は結華を部屋に招き入れた。結華がスタスタと入ってくる。そういえば、西洋の吸血鬼は、その家の住人に招待されないと入れないなんて制約があったっけな。結華はどうなんだろう、と、どうでもいいことを俺は考えた。


「それで、用っていうのは」


 声をかけてみたが、結華は返事をしなかった。俺に背中をむけたまま、部屋の中央にある机を見ている。


 少ししてから、あらためて結華が俺のほうをむいた。どういうわけか、不機嫌なだけではなく、怒りまで混じったみたいな感じである。


「ここへくる前に確認しました。この寮はひとり部屋だそうですね」


「そうだけど?」


「そうでしたか。安心しました。では、誰にも目撃されずに、自由に行動できるわけですね」


「ま、そうだけど」


 それにしても、男子寮だっていうのに、簡単に女子が入ってこられるんだな。安全基準とかモラルとかどうなってるんだ。考えてる俺の前で結華がカバンを床に置く。それから俺を凝視した。


「実は、少し前から考えていたのですが、本日からは、ここで飲食をします」


「は?」


「エクス学園では、ほかに生徒がいます。いままでは、人けのないところで飲食をしていましたが、いつか、誰かに見られるかもしれません。催眠術で、見られた相手から記憶を奪うのも限界があります」


「なるほど」


「ですが、ここなら、そういう危険もないでしょう?」


「了解」


 用というのはそれか。結華は、相変わらず、なんだか不機嫌そうに俺を見ている。服を脱げとは言わないから察しろということらしい。俺は学生服を脱いだ。ワイシャツのボタンを外し、首を傾ける。


「ほい」


 言ったら、結華が、困ったような顔をした。


「座りなさい」


「は?」


「ここは、エクス学園とは違い、床に、直接座っても問題ないはずです」


「あ、うん、わかった」


 言われた通りにその場であぐらをかいたら、一緒に結華も膝をついてきた。見ていると、結華が少し考えるような顔をする。


「やっぱり、座るのではなく、あおむけに寝なさい」


「は? うん。こうか?」


 あおむけに寝っ転がってから、これはまずいと俺は気づいた。この状態で、もし血が垂れると床が汚れる。ポケットからハンドタオルをだして首の下に敷いていると、結華が膝立ちのまま、俺に近づいてきた。


「では、いつもと同じで、目をつぶっていなさい」


 言われたとおりに俺は目をつぶった。同時に、冷たい吐息が顔に吹きかかってくる。腹のあたりに少し重みがかかった。結華が俺の身体にまたがっているらしい。


「行きますわよ、慶一郎」


 結華が言うと同時に、ひんやりした感触が俺の首筋に触れた。少しして、ぷつんという痛みが走る。


「う、ううん、はあ、ああ、うん」


 いつもと同じで、結華が俺の血を吸いだした。少しして、結華の身体がピクンピクンと震えだす。


 終了だな。俺の首筋から結華が離れた。それはいいんだが、俺にまたがったまま、結華が立ち上がろうとしない。不思議に思って目をあけたら。普段の状態に戻った結華が、おもしろくもなさそうに俺を見下ろしていた。


「あの、もう終わったんでは?」


「はい。飲食は終わりました」


「じゃ、どいてくれないかな」


「飲食は終わりましたが、ほかにもやることがあるのです」


「はあ」


 なんだかわからずに返事をしたら、結華が困ったみたいに俺を見つめてきた。


「もう一度、目をつぶりなさい」


「?」


 とりあえず、言われたままに俺は目をつぶってみた。そのまま待っていると、あらためて、俺の顔に何かが触ってくる。どうも、結華が手を伸ばして、俺の頬を触っているらしい。その直後、俺の唇に、なんだか、ふにゃっとした感触が伝わってきた。妙に鉄臭い。――少しして気づいた。これは血の味である。


 俺はギョッとなった。ということは!!


「ふむー!?」


 目をあけると、俺の視界をさえぎるみたいに何かがあった。というか、これは結華の顔のドアップである! 結華は俺にキスしているのだ!!

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