第四章 謎の通り魔の正体・その2
「うお!!」
慌てて俺は結華を押しのけた。結華が驚いたように俺を見る。
「何をするのです?」
「それはこっちのセリフだ。つか、どういうつもりなんだよ?」
「――こんなこと、べつに大したことではありません」
言いながら結華がそっぽをむいた。大したことじゃない割には顔が赤い。
「慶一郎が、普段からわたくしの飲食にこころよく付き合ってくれているので、何かご褒美を上げようと思っただけです」
「は? ご褒美って、いまのがか?」
「ええ。ですから、わたくしたちの行う、吸血の口づけではなく、慶一郎のような、人間の行う口づけをしたのです。神に選ばれた美貌を持つ、この高貴なわたくしと口づけできて光栄に思いなさい」
「光栄に思えって――」
俺はあきれた。あんなの、常識で考えたら痴女行為だぞ。由真はともかく、結華がこういうことをやるとは。何か言おうと思った俺から視線を逸らしたまま、結華が立ち上がった。
「誤解をなさらないように断っておきますが、あなたへの恋愛感情など、わたくしにはまったくありません。これは、あくまでもご褒美です。そう思いなさい」
「はあ」
本土でツンデレって言葉を聞いたような気もするんだが、まあ、今回はいいとしよう。結華が自分のカバンを持ってこっちをむく。もう、俺の血を吸っていたときの、興奮した表情はどこにも残っていなかった。
「では、そろそろエクス学園へ行きますわよ。早くしないと遅刻してしまいます」
「はいよ」
返事をしながら俺も起き上がり、学生服に袖を通した。それはいいんだが、このあと、どうやって結華は部屋をでていくのかな。コウモリに変身して、窓から飛びだすのかな、と思っていたが、結華は俺を見たまま動かなかった。
「あの」
「何をしているのです? 早くエクス学園に行きますわよ」
「それはいいけど、一緒に部屋をでて、それでいいわけか?」
「かまいません」
すごいことを言う。
「あのな? そんなことをしたら、妙な噂に」
「わたくしがいいと言っているのですから、いいのです」
俺の言葉はさえぎられてしまった。本当にかまわないらしい。
「では、行きますわよ」
結華が自分のカバンを持ち、俺の脇を通り過ぎて部屋の扉をあけた。
「慶一郎、きなさい」
俺の部屋にきた客という立場なのに、なんでか偉そうに命令してくる。俺は少し頭をかいて、自分のカバンを手にとった。そのまま部屋をでる。
「あ、結華様!?」
「なななんでここに」
部屋をでて、俺と一緒に歩く結華を見て、寮に住んでいるほかの男子が驚きの顔をした。結華が笑顔で男子に手を振る。
「ごきげんよう。本日、わたくしは、この人造人間を迎えにきたのです」
「あ、そそそうですか」
「それじゃ、あの。そういうことで」
男子学生が頭を下げ、逃げるみたいな感じで結華から離れた。――普段、エクス学園でほかのみんなが結華に笑いかけるときとリアクションが違うような気もしたが、俺はあまり深く考えなかった。男子寮にスクールカーストトップのお嬢様がきて、堂々と廊下を歩いているのである。反応も違って当然だろう。
「本当に、妙な噂になってもいいのか?」
「かまいません」
小声で訊いたが、結華の返事は変わらなかった。
「むしろ、見せつけてやろうではありませんか。特に、あのナイトチャイルドに」
「はあ。なんで由真に?」
「あのナイトチャイルドもあなたのことを気に入っているようですから。悔しがらせるにはいい方法でしょう?」
「ふうん。――あのナイトチャイルド『も』?」
なんとなく聞き返したら、なんでか結華が赤くなった。
「いまのはただの言い間違えです。気にするのはおやめなさい」
「あそ。じゃ、それは忘れるとして。あのな、前々から不思議だったんだけど、なんでそこまで由真に突っかかるんだ?」
俺は結華に質問してみた。結華が柳眉をひそめてこっちをむく。
「悔しいからです。あのナイトチャイルドは、このわたくしの持っていないものをいくつも持っていますから」
「は? 結華が持っていないものって、なんだ?」
不老不死の吸血鬼で、ここの区長の孫娘で、エクス学園の理事長の娘で、三時間くらいなら太陽も平気で、スクールカーストトップだぞ? 手に入らないものなんて、何もないだろうに。何が不満なのかと思ってたら、結華がイラっとした顔で俺をにらみつけてきた。
「何者にも束縛されない自由な立場と、周囲の目を気にしない奔放な性格と、気軽に遊べる異性の友達と、かわいらしい天然のケモミミやしっぽと、あのスリーサイズです!」
「――あー」
俺は納得した。これはないものねだりの典型だな。スクールカースト最低なのに平然としている由真とは正反対である。人間、欲を言いだしたらキリがないって言うけど、吸血鬼も同じだったらしい。それと真っ平らボディ気にしてたのか。――神に選ばれた美貌なんて普段から自慢していたのは、体形からくるコンプレックスの裏返しだったのかもしれない。
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