第四章 謎の通り魔の正体・その3

「だいたい、あのナイトチャイルドは勉強不足なのです」


 考える俺の前で結華が話をつづけた。


「狼人間なら、わたくしのような、高貴な吸血鬼に仕えることが、『魔人ドラキュラ』のころからの伝統だというのに。わたくしの言うことを何も聞こうとしないで」


「吸血鬼と狼人間が血みどろの殺し合いをやってる、『アンダーワールド』って映画もあるんだけどな」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 下駄箱まで行き、靴を履き変えながら、ふと気づいたように結華が俺を見た。


「そういえば、あのナイトチャイルドと、普段、何をしているのです?」


「まあ、いろいろと、そのときやりたいことを自由に」


「それではわかりません。具体的に言いなさい」


「でも、そういうのは個人情報で」


「言いなさい」


「――えーとだな」


 俺は少し考えた。それにしても、おとなしく聞かないでくれた由真とは本当に正反対である。


「たぶん、獣人類のマーキングの儀式なんだろうけど、ギューッと抱き着かれた」


「え!」


 何気なく言ったら、結華が驚いたように目を見開いた。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい。それは、ひょっとして、わたくしが慶一郎に、抱きしめなさいと命令したときよりも前なのですか?」


「転校初日だったからな。それから、スキンシップのつもりだったみたいなんだけど、ペロッと唇を舐められてファーストキスを奪われた」


「ええ!! では、わたくしとの、さっきのあれは二番目だったのですか!?」


「三番目だったよ。セカンドキスも奪われたから」


「えええ!! あのナイトチャイルドと、二回もキスをしたのですか!?」


「――まあ。一回するのも二回するのも大して変わらないって、由真も平然とした顔で言ってたし。二回目はちょっと納豆臭かったけど」


「ええええ!! 納豆臭いキスって、一体どういうことをしていたのですか!?」


「いや、べつに、それほど特別なことは。――あ、そういえば、あのときはマーキングのもっとすごいバージョンで、上半身ブラジャーだけの姿になって、自分の胸を俺の顔に押しつけてきたっけ」


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 あ、いかん。最後の件は言うべきじゃなかったかもしれない。見ると、結華が青い顔で俺を凝視していた。


「あの泥棒狼、わたくしの慶一郎になんてことを。――というか、あなたもあなたです! なぜ抵抗しなかったのですか!?」


「いや、抵抗するも何も、ほとんど不意打ちだったから。あっと思ったらやられてて」


「――そうですか。それで慶一郎は、あのナイトチャイルドと好きにやっているのですね?」


 なんか、明らかに勘違いした目つきで結華が質問してきた。というか、これは質問じゃなくて確認である。俺と由真がおかしなことをやってるって決めつけてる顔だった。


「あのな、説明するけど」


「もういいです。そんな話は聞きたくありません」


 結華が言えって言うから俺は話したんだが。あらためて、結華が俺をにらみつけてくる。


「いいですか、今後、そのような行為は二度としてはなりませんからね」


「だから、そのような行為って、俺からしたわけじゃなくて」


「ですから、聞きたくないと言っているでしょう」


 結華がそっぽをむいた。


「わたくしが、何も知らないとでも思っているのですか? あんなものを机の上に置いておきながら」


「は? 机の上?」


 そういえば、俺の部屋に入って、なんでか結華は少し机を見ていたな。何が置いてあったか、思い返してみる。――まずい! 昨日、マーティの持ってきた避妊具が置きっ放しになっていた!!


「いやそれは誤解で」


「言い訳は見苦しいです」


 押し殺したみたいな声で結華が言い、俺の腕をとった。


「とにかく、このままエクス学園に行きます。いいですわね」


「そりゃ、まあ」


 俺は結華に腕をとられたまま玄関をでた。結華は俺の手を離そうとしない。そのまましばらく歩き、何か思いだしたみたいな顔で口を開いた。


「そうでしたわ。あのナイトチャイルドとは腕も組んでいましたわね」


 結華が俺のほうをむいた。血を吸って満足したはずなのに、また何か不機嫌そうな顔をしている。


「今日のところはこれでかまいません。ただ、明日からは、わたくしと慶一郎は腕を組みますからね。そのつもりでいなさい」


「なんで?」


「言ったでしょう。あのナイトチャイルドを悔しがらせたいからです」


 悔しがらせたいからって言うか、わざとつっかかって構ってもらいたがっているように見えるんだが。これ以降は特に会話もなく、俺は結華と一緒にエクス学園まで行った。


 このときの俺は、まさか、あんな噂がエクス学園に広がっているとは想像もしていなかったのだ。

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