第三章 復学した生徒・その2

「足がつかないようにしていたつもりだったんだけど、ほら、紅葉先生も魔導師だったのを忘れていて。錬金の術式と手順の癖から僕が主犯だって特定されちゃってね。あれはドジッたね。失敗だったよ」


「反省するのはそこじゃないだろう」


 結華や由真とは違う種類でぶっ飛んでるタイプらしい。それにしてもマッドサイエンティスト志望のダークエルフとは。そう言われてみると、なんだか笑顔もあぶない感じに見えてくる。


「それで、これからしばらくは、おとなしくしようと思ってるんだけど」


「それがいいと俺も思う」


「でも、人造人間が転校してくるとは予想外だったし」


 言いながら、黒川がいたずらっぽく笑った。


「やっぱり、こっそり何かやっちゃおうかな」


「だったら、自分のDNAを調べればいいんじゃないか? 長寿遺伝子とか、いろいろ研究対象になるだろうに」


「そういうのは、白い連中が人間に提供してるから」


「あ、そうなんだ」


「その見返りで、僕たちは普通に生活する権利をもらってるんだよ」


「なるほどね」


 俺の知らないところで、いろいろと取引は行われているってことか。ま、人間も長生きはしたいだろうし、冷静に考えたら、これは当然の話だった。


「そういえば、この学校でエルフって見たことがないな」


 なんとなく言ったら、俺の前で黒川が苦笑した。


「白い連中は昼間に通ってるんだよ。だから僕は夜間部なんだ。まあ、昔みたいに、目が合っただけでいきなり喧嘩になったりはしないんだけど、一応ね。無駄に争いの種は撒きたくないし、君子危うきになんとやらって言うし」


「エルフの世界にもいろいろあるんだな」


「人間だって同じだと思うけど。肌の色が違うだけで戦争をやってたって長老たちが言ってたよ」


「それは認めるしかないな」


 そういうことが不死区でも起こらないように、静馬シリーズのような、暴徒鎮圧用の人造人間がつくられたわけだからな。


「とりあえず、そういうことなので」


「オース慶一郎!」


 いきなり背後から聞き覚えのある声が響いて、背中にドスンという衝撃が走った。同時に、むにゅんという柔らかい感触が伝わってくる。


 言うまでもない。由真である。


「ほーら、匂いつけ。スメルスメル! マイスメルー!! それから慶一郎のスメルー!! あークンカクンカ」


 言いながら、俺におんぶされたみたいな状態で、由真が自分の頬を俺の頬にすり寄せてきた。今日はまた、普段以上に積極的でテンションが高いな。俺は窓を見た。今夜は満月である。それでか。


「少しは落ち着け。いくら満月だからって、レディがはしたないぞ」


「ああ、ごめんごめん。どうも、満月の夜は興奮しちゃってね。あははははー。――あ?」


 背後から俺に抱き着いた状態で、急に由真が静かになった。なんだと思って横目で見たら、由真がポケっと黒川を見ている


「黒川、久しぶり。もう停学はいいの?」


 そのまま訊いてくる。俺の背中に抱き着いている状態の由真を見ながら、ちょっと困った顔をして、黒川がうなずいた。


「う、うん。今日から復学なんだ」


「ふうん。これからは、普通に学校の授業にでられるといいね」


「うん、ありがとう」


「あ、それから、ここにいるこの人、本土からきた人造人間なんだけど、慶一郎って言って――慶一郎って、上の名前なんだっけ?」


「羽佐間だよ」


「あ、そうだったね。だから、羽佐間慶一郎で、本土から転校してきたんだ。で、不死区のことを知らないって言うから、私が教えてあげるって約束したんだよ」


「へえ」


 黒川がうなずき、確認するみたいに俺のほうを見た。仕方がないから俺もうなずく。


「なんか、そういうことになったっぽい流れなんだ」


「だから、もし慶一郎に何か用があるんなら、まずは私に声をかけてよね」


「あ、そう。うん、わかった」


「じゃ、そういうことで。それから慶一郎、ちょっと」


 いきなり由真が俺の背中から降りた。俺の腕をつかんで引っぱりだす。


「うん? なんだ?」


 いままでにないパターンである。ちらっと時間を確認したが、ホームルームまで、まだ時間がある。俺は由真に引っぱられるまま、教室をでた。

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