第一章 東京都不死区への転校・その5

「じゃ、まあ、俺と友達になるか」


「え」


 俺が言ったら、由真がちょっと意外そうにした。


「それは嬉しいけど、いいの? 私、ひとりで好きにやってるだけだし、スクールカースト最低だよ?」


「スクールカーストなんて、気にしても仕方ないだろう。それに、俺は不死区のこと、話に聞いてるだけで、実際に見るのはこれからなんでな。いろいろ教えてくれる人がいるとありがたいんだ」


「うん、それはいいけど。――そうか。慶一郎は不死区のことを知らないんだよね。じゃ、教えてあげる仲間とか、ファミリーが必要なわけか。そうかそうか」


 ここで、なんだか由真が笑顔になった。


「そういうことなら、私も遠慮しないから」


 と言って、何を思ったのか、由真が、ひょいと手を伸ばして、いきなり俺を抱きしめてきた。むにゅーん!! という、ものすごく柔らかい感触が俺の身体にあたる。


「わ! ななななんだよいきなり!?」


「ああ、ほら、動かない動かない」


 ここは教室で、ほかの生徒も見てるってのに。どうしようかと思ってたら、由真が俺を抱きしめながらクンカクンカ言いだした。


「ふーん、そうか。慶一郎って、こういう匂いなんだ。それとも、これって本土の匂いかな」


 少しして由真が俺から顔を離した。


「ほら、慶一郎、ちょっとしゃがんで」


「え、こここうか?」


 訳がわからず、とりあえず俺はしゃがみこんだ。


「じゃ、行くよ」


 言って、また由真が俺に抱き着いてきた! わわわ、今度は胸が顔にあたって。なんだこの事態は。


「ちょちょっと! あれあれ!!」


「こんなところで何やってるんだ!?」


「見られながらするのが好きなのか!?」


 さすがに見て見ぬ振りもできなくなったらしく、教室の生徒が口々に言いだす。というか、俺だってそういうことを言いたい気分である。だからって力任せに跳ねのけて、由真に怪我をさせるわけにもいかない。どうしたらいいのかわからない俺の頭を抱きしめたまま、由真が自分の胸を左右に動かしはじめた。


「おいおいおい!」


「お、いいな。ほら、よく動いて」


 何がいいんだか、とにかく由真が自分の胸を俺の顔に押しつけてくる。


「よし、これくらいかな」


 言って由真が顔を近づけてきた。今度はなんだと思っていたら、俺に顔に触れる寸前で由真が動きをとめ、あらためてクンカクンカやりだした。


「うん、ちゃんと私の匂いが移った」


 顔を離して、由真が俺に笑いかけた。


「これで、慶一郎は私の友達だから」


「――ああ、そういうことか」


 俺は気がついた。これはマーキングである。由真は俺を自分の所有物にしようとしていたのだ。


「そういえば狼人間だったんだよな。いきなりだからビックリしたぞ」


「ごめんごめん。まあ、ここじゃ、みんなが見てるから、これくらいにしておくよ」


 言い、なんだか由真が満足そうな顔で俺を眺めた。――ここで俺も気づいたが、冷静になって見ると、スレンダーすぎる結華とは正反対で、由真のグラマラスぶりは相当なものだった。ほとんどダブルビーチボールって感じである。まあ、半分は野生動物みたいなもんだからな。繁殖能力の高さと関係しているのかもしれない。


「えーと、あとは連絡先だね」


 言って由真がスマホをだしてきた。


「ほら、慶一郎も」


「おう、わかった」


 俺もスマホをだした。


「ただ、俺の連絡先って、電話番号だけだから。メールも設定してないし、SNSもやってないし」


「え? なんで?」


「俺、あんまり機械が得意じゃないんだ」


 俺の返事に、由真があきれたみたいな顔をした。


「それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」


「俺の頭のなかは普通の人間と変わらないんだよ。半分は電子頭脳だけど、残り半分は生体脳で、普段の生活はそっちの判断で行動してるし。というか、このスマホも、不死区に行くって決まったときに、餞別で上からもらったものだし」


 羽佐間シリーズは、定義上は人造人間にカテゴライズされるが、システム的には、普通の人間に改造手術を施したサイボーグと大差なかった。サイボーグと決定的に違うのは、俺の身体のDNAが、世界中の人間から提供されたDNAのブレンドであって、直接の生みの親がいないという点である。極端な言い方をするなら、俺は誰でもなかった。


 俺の説明に、由真が小首をかしげた。


「電子頭脳があるんなら、それをフル稼働させれば、機械に弱いなんてこと、なくなるんじゃない?」


「学生の間はそれができないように制限されてるんだよ。スマホ持ってテストを受けたらカンニングって言われるだろ」


「あ、そうか。そりゃ、確かに反則だよね」


「おい先生きたぞ」


 由真と話しながら連絡先を交換している最中、誰かの声が上がった。同時に教室のドアが開いて、細身の女性が入ってくる。あとでわかったが、この人が担任の紅葉先生だった。


「ほら、ホームルームをはじめるわよ。席に着きなさい――」


 と言いかけ、紅葉先生が俺に気づいた。


「あなた、どこのクラス?」


 怪訝そうに訊いてくる。


「ここのクラスです。俺、今日、ここに転校してきた羽佐間慶一郎です」


「あ、あなたが!」


 紅葉先生が驚いた顔をした。


「理事長とあいさつをしたら、そのあとは勝手に自分で教室へ行くんじゃなくて、まずは職員室にきなさい。探したじゃないの」


「あ、そうか。すみませんでした」


「それから、みんなにも言っておくけど、彼は羽佐間慶一郎くんです。実は、彼はDKではないんだけど、普通の人間でもありません。人造人間で」


「みんな知ってまーす」


「さっき、首の骨が折れたのに平気な顔してました。手首も外しました」


「大道寺様と原田さんの喧嘩も、怖がりもしないで、平気な顔で止めに入ったし」


 皆が口々に言う。どうも、俺は悪い形でみんなに覚えられてしまったようだった。

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