第一章 東京都不死区への転校・その6
2
特に問題もなく授業も終え、寮に帰ろうと思っていたとき、どういうわけだか、また結華がやってきた。
「慶一郎、お話があります」
結華の声を聞いた由真が、不思議そうに結華のほうをむいた。
「結華、またきたの? なんの用?」
なんとなく訊いただけって感じの由真に、結華が柳眉を釣り上げた。
「あなたに結華などと呼び捨てにされる筋合いはありません!」
「なんだよ勝手だね。いつも私のこと、ナイトチャイルドなんて勝手にあだ名つけて呼んでたくせに。――そうだね。じゃ、私も結華に、何かあだ名をつけようかな」
まるで空気が読めていないらしく、由真がその場で少し考えるような顔をした。
「うーん。――結華は吸血鬼で、吸血鬼ってのは、ケツを吸う鬼って書くんだよね? じゃ、結華のあだ名はケツか」
これでさらに結華が怒りの形相になった。
「わたくしは、ケ――お尻なんて吸いません! けがらわしい!!」
「なんで怒るの?」
俺の軽口とはべつに、由真が不思議そうに結華を見つめた。
「私、ただ、ケツってあだ名をつけただけなんだけど? ていうか、ほかにどんなあだ名をつけたらいいのかわからないし。べつにケツでいいじゃん」
「わたくしにあだ名なんていりません! というか、わたくしはケツではありません!! あ、言っちゃった――」
赤い顔で口をふさぐ結華を見ながら、由真が小首をかしげた。
「じゃ、ケツじゃないんだから、否定の不を頭につけて、結華のあだ名はフケツかな」
悪気ゼロの顔で、またひどいことを言う由真である。これで結華の怒りが倍増しになった。
「わたくしは不潔ではなくて高潔です!」
自分で自分を高潔って言うか普通? 俺はあきれた。まあ、高飛車なケツだから、確かに結華は高ケツだが。
「それでフケツは何しにきたの?」
フケツというあだ名確定みたいな感じで由真が訊いてきた。結華が由真をにらみつける。
「あなたというナイトチャイルドは!!」
「まあまあ、喧嘩しても楽しくないし」
とりあえず俺は結華と由真の間に入った。
「――そうですね。いいですわ」
少しして頭が冷えたらしく、結華が由真から目を逸らした。
「こんなもの知らずのナイトチャイルドにかまっていたら、高貴なわたくしの品位に傷がつきます。とにかく慶一郎、お話がありますから」
「え、まあ、それはいいけど」
「フケツはノーグッドだったかな。じゃ、あらためて質問だけど、ケツって、慶一郎と何すんの?」
「あなたのようなナイトチャイルドには関係のないことです! というか、わたくしを変な名前で呼ぶのはおやめなさい!」
結華の剣幕に、由真が困ったみたいな顔をした。
「ケツってあだ名も駄目? まあ、そんなに怒るんなら、やめるけど。で、結華は慶一郎と何すんの? ひょっとして、慶一郎の血を吸うつもりだとか?」
由真の質問に、赤い顔のまま、結華が由真をにらみつけた。
「そんなわけがないでしょう! 人造人間の血液など、誰が吸おうなどと考えるものですか」
「俺が、結華のお爺さんの区長に呼ばれた理由は」
「とにかく! わたくしは、ここにきたばかりの慶一郎に、この学園のしきたりや、校舎の教室の位置などを、いろいろ教えてあげようと思っただけです!」
「それ、私が慶一郎に教えてあげてもいいんだけど?」
「あなたには頼んでいません!」
本当に水と油だな。何気なく言う由真に結華が絶叫するみたいな調子で反発し、そのまま俺のほうをむいた。
「慶一郎、きてもらいます!」
「ここで話したらまずいのか?」
「そこのナイトチャイルドが知るような内容ではありませんから」
由真をにらみつけながら言ってから、結華が背をむけた。
「では、慶一郎、きなさい」
「あ、うん」
「じゃ、またね」
手を振る由真に手を振り返し、俺は結華と一緒に教室をでた。そのまま、結華と並んで廊下を歩く。――ここで気づいたが、結華とすれ違う生徒は、みんな笑顔で会釈をしていった。ごきげんよう、なんて声をかけていく女子もいる。
「みんなに人気なんだな」
「当然です。わたくしは家柄の時点で高貴ですから」
なんとなく言ったら、当然のように結華が返事をした。由真と話していたときとは違い、ずいぶんと余裕のある表情である。しかも自信満々。日本には謙遜という文化があると思っていたんだが、結華には縁のない言葉だったらしい。
その結華が、ちらっとこっちに目をむけた。
「慶一郎は、わたくしの家柄をご存知?」
「あ、まあ。大道寺一族のことなら、基本的なことは」
「言ってごらんなさい」
「えーとな」
俺はここにくる前に通っていた高校と、羽佐間園――そういう名前の施設で俺たち羽佐間シリーズは生活していた――で聞かされた過去の歴史を思いだしてみた。
あれは、第二次魔界大戦が終結した直後の話だから、ほぼ百年前になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます