第四章 謎の通り魔の正体・その7
「あのな」
「ちょっとちょっと、なんなのこれ?」
いくらなんでも言い過ぎだろう――と言いかけた俺の言葉がさえぎられた。由真の声である。慌てて教室の扉を見ると、あきれたみたいな顔で由真が立っていた。すぐそばにマーティもいる。マーティが焦った顔で俺を見た。
「ごめん慶一郎くん。とめようとしたんだけど、由真さん、ここまできちゃって」
後を尾けられていたのか。いや、由真の嗅覚なら、尾けるまでもなく、俺の歩いた道を楽に辿っていけるだろう。由真があきれ顔のまま、スタスタとこっちにくる。結華の前で立ち止まり、そのまま背をむけて周囲を見まわした。
たぶん、教室中の生徒に目をむけたんだと思う。
「あんたたち、いつもは結華のことを大道寺様、大道寺様って言ってキャーキャー言ってたくせに、ちょっと変な事件が起こって結華の立場がおかしくなったら、いきなり汚いものでも見るみたいな目をして。それおかしいじゃん? 普段は芸能人を褒め称えておいて、何か事件を起こしたら、急に手のひらを返して叩きにまわるネットの名無しみたいだよ。みっともないと思わないの?」
言って、もう一度、由真が周囲を見まわす。いきなりやってきて意見をする由真に、ほかの生徒たちが顔をしかめた。
「――なんだおまえ。何を言ってるんだ?」
「数にものを言わせて、誰かひとりを追い詰めるなんて格好悪いって言ってるんだよ。自分たちのやってることがおかしいって、自分たちで気づかないの?」
そういう由真だって、俺に匂いつけをしたり唇を舐めたり、やってること相当おかしい気がするんだが、いまは言えるような状況じゃなかった。
「思いだした。おまえのこと、知ってるぞ」
三つ目小僧の男子が由真を指さした。
「一年のとき、大道寺様と同じクラスで、そのときから喧嘩してる奴だろ。それなのに、こんなときだけ大道寺様をフォローして。おまえ、どういうつもりなんだ」
「――え? 私たち、喧嘩なんかしてないよ」
キョトンとした調子で由真が言った。くるっとこっちをむく。
「ねえ結華、私たち、喧嘩なんかしてないよね?」
なんでもないって感じで結華に確認してきた。
「え、あ、あの、それは」
「ほら、二年になってクラス変わっても私のところにくるから、なんか、私と話がしたいんだろうなって思って相手してたけど、それだけだし。それで、どうしてだか、いつも結華は怒ってたけどさ」
「――それは、あなたが」
「私は何もやってないよ。結華が勝手に怒ってただけじゃん?」
「だから、そういう、わたくしのことを見むきもしていないような態度が不愉快だと言っているのです!」
「あ、そうだ。ごめんごめん。いま、言い合いする相手は結華じゃなかったね」
まるで結華のセリフを聞いてない調子で言い、あらためて由真が結華から背をむけた。
「だからさー、こんなことやめようよ。世のなか平和が一番だよ。ピースだよピース」
「――いや、だって、そんなこと言うけどさ」
それでも反発する声があった。
「昼間から吸血騒ぎがあって、牙型を登録してる支配者クラスの誰とも一致しなかったって言うんだから、あとは大道寺様しかいないだろ」
「そういう事件があって問題だって言うんなら、警察に任せておけばいいんだよ。私たちなんて、少年名探偵でもなんでもないんだから、偉そうに推理して外したらみっともないし、相手にも失礼じゃん? ていうか、私もそういうことやっちゃって、悪くない奴を疑っちゃって反省したことあったし」
たぶん、マーティを血なまぐさいと言っていた、あれのことだろう。
「おまえの事情なんか知らねえよ」
「あ、ひょっとして、結華のことが羨ましかったの?」
吐き捨てるみたいに言う奴がいたが、由真が無視して質問した。
「ほら、結華って理事長の娘で、スクールカーストトップだし。普通なら羨ましいって思うよね。それは私もわかるよ。でも、だからって、何かあっただけで、こんな風に悪口言って足を引っぱるのはおかしいよ。そんなことしてもなんにもならないし。繰り上げで自分のスクールカーストが上がるわけでもないし。やってること馬鹿みたいだよ?」
「――あんたね、いい加減にしなさいよ」
背の高い、リザードマンの女子が牙を剥いた。あ、これは本音を暴露されて切れかかった顔である。まずいな、俺が盾になるしかない。
「ごめんな。この娘、思ったことがポンポン口からでる悪い癖があって」
仕方がないから由真の肩に手をかけ、俺は自分のほうに引き寄せた。
「何? 図星を突かれてムカついたの?」
お構いなしに由真が言う。黙ろうとしない由真に、ほかの生徒たちの表情まで変わった。
「てめえ、黙って聞いてれば好き勝手言いやがって――」
殺気だったぬりかべの男子生徒がぐっと俺たちに近づいてきた。やばいな。これは本当に暴力沙汰になるぞ。俺が由真をかばうように、前に立ったときだった。
「こっちです!」
聞き覚えのある声がした。声をしたほうを見ると、扉の外で、呆然と立っているマーティの横に、ホムンクルスのアンディードがいる。その直後、教室の何人かがギョッという顔で振りむいた。たぶん、魔力の秀でた生徒たちが、何かの接近に気づいたのだろう。
「あなたたち、何してるの!?」
次に聞こえたのは紅葉先生だった。こちらも怒りの表情で教室に入ってくる。これで殺気立っていた生徒たちが一瞬でおとなしくなった。
「助かった」
由真と結華をかばった状態のまま、俺はほっと胸をなでおろした。
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