第四章 謎の通り魔の正体・その8

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「冷静に考えたら、僕が先生を呼んでくればよかったんだよね。気がつかなかったよ。驚いて動けなくて」


「それは仕方ないだろ。ああいう状況にいきなり出っくわしたら、頭ではわかっていても、なかなか行動できないもんだ」


「次から、何かあったらすぐ人を呼ぶように心がけるよ」


 放課後、頭をかいて反省するマーティと一緒に、俺は帰り自宅をした。すぐ横で、カバンをグルングルン振りまわしていた由真が、ああ、と何か気づいたように言う。


「そうか。私たちが時間稼ぎをしてる間に、誰かが先生を連れてくればよかったんだよね。私も気がつかなかった」


「ああいうのは時間稼ぎじゃなくて、火に油って言うんだ。あぶなかったぞ」


「あ、うん、それはね。私、思ったことしゃべってるだけなのに、なんでかそうなっちゃうんだ」


「これからは、何か言いたいことがあっても、言っていいのかどうか、十秒くらい考えてから言うべきかもな」


 と言ってから、これは俺も少し反省した。自分のことを棚に上げてものを言うってのはこのことだな。


「それにしても、あのとき、先生を呼んできてくれた小さい子、グッジョブだったね」


 これはマーティの言葉だった。思いだしたのか、感心するみたいな顔をしている。


「おかげで喧嘩にならなくて済んだし。僕もほっとしたよ」


「あれがホムンクルスのアンディードだよ」


「あ、そうなんだ。あれが」


「最初は、不死街にある人造人間のパーツ屋で店番していて、それで知り合ったんだけど」


「え? あれ、慶一郎」


 マーティに説明してたら、由真が訊いてきた。


「あのホムンクルスって、そんな名前だったっけ?」


「俺はそう聞いたけど?」


「ふうん?」


 ちょっと不思議そうに由真が小首をかしげた。


「じゃ、私の聞き違いだったのかな。まあ、私、人の名前を覚えるのが苦手だし、あのときは、人造人間のパーツをいろいろ見ていて、ちゃんと聞いてなかったしね。それはいいや。そういえば、結華はどうしたんだろう」


「さあ? ずいぶん怒ってたし、あのまま帰っちゃったんじゃないか?」


 結華の性格だ。由真に礼を言ったりは絶対にしないはずである。


『下賤なナイトチャイルドが、高貴なわたくしのために手となり足となって働くなど、当然のことです』


 こんなことを言って、そっぽをむいて帰ってしまったに決まっている。


「じゃあ、私たちも帰ろうか」


 言いながら、由真がカバンを肩にかけた。


「おう」


 俺と由真、マーティは一緒に教室をでた。そのまま下駄箱まで歩く。


「それにしても、昼に吸血鬼の通り魔なんて、怖いよね」


 下駄箱まで行ったところで、由真が言ってきた。俺とマーティがうなずく。


「まったくだ」


「僕も、エクス学園に通うだけで、それ以外の時間は家でおとなしくしてるよ」


「そうするのがいいだろうな。ま、そのうち犯人も捕まるとは思うけど」


「それで、慶一郎はどうするの?」


 由真が訊いてきた。ちょっと笑いかける。


「もちろん、俺だって寮でおとなしくするに決まってるだろう」


 これは大嘘だった。

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