第四章 謎の通り魔の正体・その6

「慶一郎、今日は何食べる?」


 四時限目終了後、いつもの調子で由真が話しかけてきた。エクス学園の夜間部は、本土の一般的な二部コースとは違って、基本的に昼と完全に同じことをやっている。学力にも差はない。当然ながら食事時間も存在した。まあ、俺と由真は学園寮住まいで弁当をつくってくれる人もいないので、一緒に食堂で飯を食うわけだが。


「悪い、俺、ちょっと用があるから。先に行っててくれ」


 言いながら俺は立ち上がった。由真が妙な顔をする。


「用って何? 私、ひとりでご飯を食べるの?」


「マーティと一緒に食ってくれ」


 俺はちらっとマーティに目をむけた。マーティが無言でうなずく。


「じゃ、そういうことで」


 俺は教室をでた。結華は、確か七組だから、第一校舎だな。渡り廊下を歩いて七組まで行くと、近づくにつれて、なんだか不穏な気配が漂ってきた。


「これは相当なものだな」


 俺はつぶやいた。魔力や妖気についてはなんの素養もない、この俺が不穏だと感じとったくらいである。七組の教室まで行くと、教室の扉がどす黒く歪んで見えた。満ち溢れた魔力が視界にまで影響を及ぼしているらしい。ラップ音がピシパシYOーYOー鳴っている。


「なんですって――」


 怒りに満ちた声が聞こえた。結華のものである。普通の人間なら魔力に怯えて逃げだしてるところだと思うが、俺は我慢して扉をあけた。


 教室の中央に結華が立っていた。ほかのクラスメートらしい生徒たちが、その結華に視線をむけながら離れて見ている。


「今日は、どうもみんなよそよそしいと思ったら」


 結華が怒りに燃えた目で周囲を見まわす。――食事時間になって、誰かが通り魔事件の話を結華に振ったらしい。それで結華が切れた。そういう図式だろう。


「だって、大道寺様、吸血鬼なのに、誰の血も吸おうとしないじゃないですか」


 誰かの声が飛んだ。明らかに咎める口調である。


「それに、昼間に血を吸われたとか、証拠も残ってるんですよ。だったら大道寺様しかいないじゃないですか」


 完全に結華が犯人だと決めつけている調子だった。結華が一瞬だけ言葉を詰まらせ、あらためて周囲をにらみつける。


「わたくしは、そんな、誰それ構わず血を吸うような、はしたない女ではありません! けがらわしい!!」


「あのー」


 仕方がないので声をかけた。ここで、はじめて結華が俺に気づいた顔をする。


「慶一郎! きていたのですか」


「あ、まあ。なんか、こういうことになってるんじゃないかって心配になってな。案の定だった。ちょっと失礼」


 俺はすぐそばに立っているろくろ首の女子生徒の横をすり抜け、教室の中央まで行った。結華のそばに建つ。


「えーとだな。不死街で起こった通り魔事件の話は、俺も自分のクラスで聞いた。犯人が結華じゃないかって疑われてる話も聞いてる」


「犯人に決まってるだろう」


 誰かの声に、俺の横に立っていた結華が柳眉を釣り上げた。


「このわたくしが、そのような下賎な犯罪に走るわけが」


「まあまあ、落ち着けって」


 俺は結華の肩に手をかけた。結華がほかの生徒に飛びかからないように抑えながら周囲を見まわす。


「そういうふうに疑われるっていうこと自体は、仕方がないかも知れない。犯人が特定されない以上、不死区に住んでる吸血鬼はみんな容疑者だ。ただな、ちゃんとした証拠もないのに、そうやって誰かを犯人扱いするのはおかしいだろう。冤罪だったらどうするんだ?」


「冤罪じゃなかったらどうするんだよ?」


「質問に質問で返して誤魔化すのは卑怯者のやることだぞ」


 声のしたほうに俺は目をむけた。


「犯人と断定されたわけでもない、まだ容疑者でもない相手にどういうつもりだって俺は言ってるんだ。一応の話は聞いたけど、昼間に吸血事件が起こったとか、牙型が特定できないとか、ただの状況証拠だろう?」


「だったら、大道寺様以外の、誰が犯人だって言うんだよ?」


 俺がむいていた方向とは異なる方向から声が飛んだ。仕方がないからそっちをむく。まずいな。知らないクラスで、誰が誰の声かわからないから、誰に目を合わせたらいいのかわからない。


「まあ、いまは犯人が誰なのかはわからないけど、とりあえず、被害者の首筋に刻まれた牙型と結華の牙型が違えば、少なくとも結華が犯人じゃないってことは証明できると思う」


 俺はほかの生徒たちへ言った。理事長も言っていたが、俺は将来、結華のボディガードとして就職する可能性もあるのだ。ここで逃げ出すわけにはいかない。


「いまごろ警察が調べてると思うし、ちゃんとした結果がでるまで待ってやれよ」


「待つ必要なんかないだろう。いままで、大道寺様が誰かの血を吸ったなんて話、誰も聞いたことがなかったんだぞ。だったら、どこかでこっそりやってたんだ。今回、そのことがバレたんだ。そうに決まってる」


「わたくしは、普段から血を――」


 誰かの声に結華が反射で言いかけ、苦悶の表情で黙ってしまった。これは言えないな。


「あーあ、私、大道寺様にあこがれてたのに、こんな方だったなんて、がっかりだわ」


「関係ない相手の血を勝手に吸うなんて、ただの犯罪者じゃねえか」


 わざと聞こえるような嫌がらせの声まで飛んだ。――俺は少し考え違いをしていたらしい。結華は、確かに家柄的には区長の孫娘で理事長の娘でお嬢様だが、立場的にはエクス学園の一生徒でスクールカーストトップというだけで、何か特別な待遇を受けていたわけではなかったのだ。一度、身を崩しては手の施しようがない、か。


 それにしても、さすがにこれは不愉快だな。陰湿ないじめと同じだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る