第五章 東京都不死区での決闘・その5
「ほい、慶一郎」
由真が棚から腕を持ってきた。
「で、どうすればいいの?」
「俺の服の右袖を破いてくれ。あと、その腕と俺の肩の断面を、凹凸を合わせてくっつけてくれたら、こっちでなんとかするから」
「破っちゃっていいの? じゃ、やるよ」
言って、由真が俺の服の袖をビリビリっと簡単そうに破いた。さすがは狼人間だな。普段は平和が一番だと言っているが、それなりのパワーはある。つづいて、由真が俺の肩の傷口と腕を合わせた。
「すまないけど、少し、そのままにしておいてくれ。――お、なんとかなりそうだ」
とりあえず、物理接続の信号に腕も反応してくれた。あとは、外すときと逆の手順でつながるはずである。
「それで何があったの?」
「ま、いろいろあってな。不死街の通り魔事件の犯人が何者かわかった。そいつと、ちょっとやりあって、この有様なんだ」
説明しながら、俺は右腕を動かしてみた。よし、ちゃんと動く。新品だし、骨格がチタン合金だから関節が硬めだけど、使っていれば馴染んでくるだろう。そろそろ事態に気づいた店の主人が乗りこんでくるころだな。早いところおさらばするか。
「でるぞ」
俺は由真とマーティに言い、パーツ屋をでた。俺は片腕で胸に穴があいてるけど、ここは不死街だ。おかげで目立たない。
「犯人は誰だったの?」
俺の隣を歩く由真が訊いてきた。
「アンディードだよ。ほら、あのパーツ屋で店番してた小学生サイズのホムンクルス」
「あー、あの娘が。――は?」
由真が、ちょっと驚いたみたいにこっちをむいた。
「慶一郎って、あんな小さい娘にやられたの?」
「戦闘態勢になったら急に背が伸びたからな。あと、ショットガンをぶっぱなされたりとか、いろいろ」
「あ、そうか」
「それに、パワーもすごかったぞ。俺が本気になって、やっと互角ってレベルだった。何がなんでもとめないと大変なことになる」
「――何を言ってるの?」
俺の説明に、由真があきれたみたいな顔をした。
「チンパンジーくらいのパワーしかないくせに、偉そうにもの言うのやめときな? やばいのはわかったけど、あとは警察に言おうよ?」
「――え? ちょっと待って。なんだよいまの話?」
ここでマーティが口を挟んできた。由真がおもしろくもなさそうにマーティのほうをむく。
「前に慶一郎が言ってたんだよ。自分はチンパンジーと腕相撲ができる程度のパワーしかないって。私もTVで見たことあるけど、チンパンジーなんて、小っちゃい猿じゃん? おむつなんかしてるし。それで私、慶一郎って、身体は頑丈みたいだけど、力はないんだなーって思ってさ」
「いや、小っちゃい猿って。――それ、たぶんバラエティ番組にでてくる赤ちゃんチンパンジーだと思うんだけど。ていうか、由真さん知らないの? チンパンジーって握力三〇〇キロあるんだよ?」
マーティの言葉に、由真が動きを止めた。
「は?」
「俺はマックスで握力五七二キロって聞いてるけどな」
小声で言ったが、これは由真にもマーティにも聞こえていないようだった。
「ほかにも、同じ体重だったらチンパンジーは人間の五倍の腕力があるとかって話があるし。だから、体重四〇キロのチンパンジーと、体重二〇〇キロのボディビルダーが綱引きとか腕相撲をして、やっと互角なんだよ。体重二〇〇キロのボディビルダーなんていないと思うけど。あと、チンパンジーは一〇〇キロの鉄板を片手で軽々と持ち上げたとか、両手で三五〇キロの重りまで持ち上げたこともあるとか聞いてるし」
やっぱり、俺が羽佐間シリーズだと聞いてから、いろいろ調べたんだろう。由真がキョトンとしながら俺のほうをむく。
「いまの話、本当?」
「人造人間は、DK同士が喧嘩になったときもとめられるようにつくられてるからな」
DKとは、全長五メートルを超えるモンスター級を除き、基本的には、野生動物と人類の中間的な能力を持つ生命体ということになる。由真が狼に変貌できるといっても、北欧に生息する、本物の大型の狼と殺し合いをしたら、やはりかなわないだろう。
俺はそうじゃない。
「言っておくけど、慶一郎くんみたいな羽佐間シリーズって、本当は軍事用に開発されたんだよ。暴徒鎮圧用の静馬シリーズや防犯用の雁田シリーズとは設計思想が根本的に違うんだ」
マーティが説明しはじめた。驚く由真を前にマーティが話をつづける。
「もちろん、戦車みたいに正面から戦争をするわけじゃないらしいんだけど。難民とか捕虜のふりをして、敵の基地や街に潜入して、内側から破壊活動を開始したり、その反対に、なるべく破壊しないで、敵兵士だけをやっつけて、基地を丸ごと乗っとったりするための特殊戦闘員なんだって。ゲリラ要員って言ったらいいのかな、少し違うのかな。――まあ、僕もうまく説明できないんだけど。だから、金属探知器にひっかからないように、骨格はファインセラミクスで、内装火器も搭載されてないんだよ。で、表面は生体組織で覆われていて、外見も、人間とまるで区別がつかないし、頭のなかは生体脳まで導入して、思考パターンや受け答えも人間そっくりだし、静馬シリーズみたいに威圧的な感じじゃなくて、相手を油断させるために、温厚そうな外見をしてるんだ。むしろ、骨格が金属じゃない分、身体が軽いんだから、ボクシングみたいな闘い方をしたら白兵戦用の周防シリーズより強いかも」
「あたり」
とりあえず、小さい声で俺は相槌を打っておいた。マーティが説明をつづける。
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