第二章 謎の通り魔と遭遇・その2

「あのな」


 廊下を歩きながら、俺は結華に話しかけてみた。前を歩く結華が振りむく。もう、俺の血を吸っていたときの恍惚とした表情でも、なんだか悲しそうに俺を見ていたときの目つきでもない。凛とした目で俺を見据えてくる。そういう弱みを周囲に見せたくはないからだろうが、俺は少し感心した。


「なんでしょう?」


 表情と同様、澄んだ声で聞いてきた。


「学校が終わった後、結華はどうしてるんだ?」


 俺の血を吸うだけ吸って、それ以外は、これと言って口を利くこともないし、そもそも教室が違うから、逢うこともないのだ。とはいえ、それっきりでも問題がある。何しろ理事長にも頼まれてるからな。結華と接触する時間を長くするのも、そろそろだろう。それで質問してみたんだが、結華が柳眉をひそめた。


「わたくしが何をしようと、慶一郎には関係のないことでしょう?」


「ま、そりゃそうだけど」


「では、なぜ、そのような質問をするのです?」


「少し興味があって質問しただけだ。不愉快なら質問を取り消すけど」


「――べつに、取り消さなくてもかまいません」


 俺の隣を歩きながら、結華が前をむいた。職員室からでてきた小柄な女子の――あれはホムンクルスだな。それと、ナマハゲの男性教師が結華に気づく。尊敬するような、信頼するような笑顔をむけた。


「ごきげんよう、大道寺さん」


「ごきげんよう、田沢先生」


 田沢先生と呼ばれたナマハゲ男性教師が結華に会釈をした。さすがに大道寺「様」ではないが、こりゃ、教師たちにも相当の人気があると思っていいみたいだな。


 その結華が、少し考えるみたいに小首をかしげた。


「さきほどの質問ですけれど、わたくしは、学校が終わったら、まっすぐ家に帰って、宿題と、あとは予習、復習ですわね」


「ふむふむ」


 俺はうなずいた。つづいての説明を待つ。――少し待ったが、結華の説明はこなかった。


「え、じゃ、それだけなのか?」


「それで十分でしょう?」


 結華が、何を言ってるんだ? という顔をした。


「学生の本分は勉強です」


「そりゃ、まあ、そうだけど。それにしても模範的すぎる答えな気が」


「わたくしのような、神に選ばれた高貴な吸血鬼は、学業もおろそかにはしないのです」


「なるほどね。そういうキャラで通すのも大変だな」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 なんとなくわかった。このプライドの高さこそが結華の基本スタイルってことか。――宿題はともかく、予習をしてるってのはさすがに誇張だとは思うが。それでも、自らを神に選ばれた高貴な吸血鬼と言い、実際、エクス学園でもそういうキャラで通しているほどである。周囲も、その結華を崇拝しているし。カリスマはカリスマでいつづけなければならない。自分の名前が地に落ちるのは我慢ならない、か。


「嘘も百回繰り返せば本当になる、というのはこのことかもな」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 結華の詰問をはぐらかし、俺は話題を変えることにした。


「あのさ、たまには、一緒に街へでてみないか?」


 なんとなく言ってみたら、結華が俺のほうをむいた。目を見開いている。


「なんですって?」


「いや、だから、街へでてみないかって」


「なぜです?」


「――だって、家に帰ったら、学校の宿題と予習と復習しかしてないんだろ?」


 三時間くらいなら日光も平気だと言ってたが、吸血鬼である以上、朝になれば基本的に結華は眠るはずだ。夜になってエクス学園にきて、授業が終わったら家に帰って宿題、そして寝るだけでは人生にかたよりがでる。外を歩くことで学べることもあるだろう。


 それに、こちらから歩み寄る名目にもなるし。


「それって、その」


 俺と歩きながら、結華が妙に赤い顔をした。


「ひょひょひょひょっとして、あの、デートとか、そういう」


「俺、こっちに転校してきてから、由真とよく街を歩くんだよ」


 勘違いしかけてる結華の言葉をさえぎって俺は説明した。


「で、やっぱり、街を歩くのって、それはそれでいい経験になるからさ。世のなかには、そういう勉強もあると思うし。結華みたいなお嬢様にも、そういうのは必要だと思うけど?」


「――ああ、そういうことでしたのね」


 俺の説明に、結華がうなずいた。気のせいか、少し残念そうにも見える。


「そうですわね。わたくしも、たまには外にでてみないと」


 言いかけ、あらためて結華が俺を見つめた。


「いま、由真と言いましたわね?」


「うん」


 俺はうなずいた。妙なところにこだわるんだな。下の名前で呼ぶ、なんて話は、初対面のときにやったように記憶してるんだが。


「あのナイトチャイルドと出歩いているのですか?」


「そうだけど?」


 結華の真意がつかめず、俺は聞かれるままに答えた。結華の、雪みたいに白かった肌が赤くなる。


「それはその、デデデデートと言うことかしら?」


 言われて、俺は少し考えた。


「いや、デートじゃないと思う」


「え、違うのですか?」


「だって、俺と由真は付き合ってるわけじゃないし。ただ、一緒に外で遊んでるだけだよ」


「そうでしたか」


 結華がうなずいた。ただ、それで納得したような表情ではない。


「それでも、あなたは、あのナイトチャイルドと一緒にいるのですね?」


 言われて、俺は少し考えた。


「ま、そうなるけど。それが?」


「なんでもありません」


 結華が俺から目を逸らした。なんでもないなら、いいとするか。


「じゃあな。さっきの、一緒に街へでるって話、適当に考えておいてくれ」


 俺のクラスの前まできたので、俺は結華に言った。結華が驚いた顔でこっちをむく。


「じゃあなって、今日はこれでさよならなのですか?」


「いつもそうだっただろ?」


「それは、そうですけれど」


「それとも、何か用があるのか?」


 何か言いたそうにしているので、俺から訊いてみた。結華が悔しそうにうつむく。なんで悔しそうなのかは不明だった。


「用など、何もありません」


「そっか。それじゃ、また明日な」


 俺は結華に軽く手を振り、教室の扉をあけた。


「お帰り慶一郎。結華との用は終わったの? じゃ、帰ろうよ」


 いつもと同じで、由真がカバンをグルングルンと振りまわしながら、笑顔で俺に声をかけてきた。同時に、ダダダダダ! と、廊下の外で走り去る音が聞こえてくる。結華かな? と一瞬だけ思ったが、違うだろうと俺は考え直しておいた。神に選ばれた高潔な吸血鬼などと自負する結華だ。無意味に廊下を走ることなどありえない。

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