第一章 東京都不死区への転校・その1
1
「君が羽佐間慶一郎くんかね?」
俺が不死区にきたのは一週間前のことだった。住居登録と学園寮への引越し手続きは昼間のうちに済ませてある。夕方になってからエクス学園へ行った俺は、警備員に話をして、理事長室まで案内された。理事長室で俺をでむかえたのは、なんだか高級そうな背広を着た、二〇代半ばに見える男性である。実際の年齢は不明だが、役職が理事長で素性は大吸血鬼と聞いているから、一〇〇歳は超えているだろう。
「なるほど、こうしてみると、普通の人間と変わらないように見えるな」
その理事長が、俺のことを上から下まで眺めて言う。
「しかも、なかなか見られる顔だ」
「そりゃどうも。たとえお世辞でも、言われたら悪い気はしません」
俺は苦笑した。その俺を、あらためて理事長がしげしげと眺める。
「そんな表情もできるとはな。人造人間なら、静馬シリーズや雁田シリーズを何度も見てきたが、ずいぶんと違うものだ」
「羽佐間シリーズは生体機械系ですからね。静馬シリーズや雁田シリーズとは別物です」
静馬シリーズは警察隊や機動隊に配備される暴徒鎮圧用の人造人間だった。アンドロイドと言ったほうが近いかも知れない。雁田シリーズは個人で購入できる防犯用のセキュリティガードである。本土でも、デパートなどによく配備されていた。
「それから、外見が人間と変わらなくて、見られる顔なのは理事長も同じだと思いますけど」
「お、人造人間の君にも、そう見えるのか」
俺の言葉に、理事長が少し嬉しそうにした。完璧な人間を装えていることを再確認できて、悪い気はしていないらしい。
「それで、聞いたところによると、君に流れている血液は人間のものと変わらないそうだが」
「理論上は、そういうことになっています」
言葉を選んでこたえたら、理事長が眉をひそめた。
「はっきりしない返事だな」
「だって、普通の人間の血と、自分の血をなめて、味を見比べたことなんてありませんし」
「あ、なるほど。それでは仕方がない、か」
納得したように理事長がうなずいた。
「ただ、普通の人間と血の味が少しくらい違っていたとしても、たとえば、インスタントコーヒーしか飲んだことのない人間なら、本物のコーヒーとの区別なんてつかないと思いますし、問題ないと思います」
「ふむ、それもそうか。では、いまのところは、これでいい。――いや、一応、確認しておこうか。君の思考パターンは、羽佐間シリーズのままかね?」
「そんなわけないでしょう」
俺は手を左右に振った。
「理事長に呼ばれて、不死区にくるって決まった時点で、俺の思考パターンは静馬シリーズを基本に書き換えられてます」
俺は理事長を見据えた。
「俺たち人造人間は、DKと、人間の間で発生する事件や犯罪を阻止するためにつくられたんですよ」
「ほう。理想的な返事だな。これは信用してもよさそうだ」
理事長が笑顔になった。
「では、娘が――二年七組の大道寺結華が吸血衝動に駆られたときは、頼んだよ」
「はい」
俺はうなずいた。そのために――血を吸われても感染しない、生け贄のようなものとして、俺はここに呼ばれたのだ。
「ただ、今度は、こっちから、ちょっといいですか?」
俺は、ここにくる前から疑問に思っていたことを口にだしてみた。
「なんで俺なんですか?」
「特に理由はない。羽佐間シリーズで、娘に近い年齢だったら、誰でもよかった」
「そうじゃなくて、なんで羽佐間シリーズを選んだのかって訊いてるんですけど。生体機械系で血の流れている人造人間なんて、ほかにもいるでしょう」
というか、吸血鬼にはクローン培養された輸血パックも給付されているはずだ。本当なら俺なんか必要ないはずである。俺の質問に理事長が苦笑した。
「それはだね、君がいつか、娘を守るボディガードとしても、役に立つかも知れないと思ったからだよ。自分の娘だから言うわけではないが、あれは区長の孫娘で、要人だ。だったら、ボディガードはなるべく頑丈な人造人間がいい。そういう意味では、羽佐間シリーズはうってつけだった」
「なるほど、わかりました」
俺はうなずいた。確かに羽佐間シリーズは頑強さに定評がある。
「それから、君は二年十三組だ」
「わかりました。行ってきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます