第一章 東京都不死区への転校・その2
俺は一礼して理事長室をでた。くる前に教わっていた記憶を頼りに廊下を歩く。――途中、いろいろな種族とすれ違った。コロポックルを背負ってフラフラ飛んでいる一反木綿。コボルドにオーク。祈祷師らしいのが窓辺で印を切りながら雨乞いをしている。空には風神と雷神。先祖返りか転生か、忍者みたいな格好の黒装束が飛んだり跳ねたりしていた。教室の扉が勝手に開いたり閉じたりしているが、あれはポルターガイスト現象だろうか。
「話には聞いてたけど、すごいところだな」
俺はきたばかりの不死区に感心した。そのまま二年十三組まで行ったときである。
「本当にいつもいつもいつもいつも。わたくしに従うべきナイトチャイルドの分際で」
「だから、そんなの私は関係ないって言ってるじゃん。ていうか、本当に毎日よくくるね」
「それは、あなたがわたくしのクラスにこないからではありませんか」
「だって行く必要ないし」
さて、どうやって教室に入ろうかな、と思っていた俺の耳に、澄んだ怒りの声と、対照的に、少し困ったような声が聞こえてきた。どっちも女性の声である。なんだかわからないまま、とりあえず俺はドアに手をかけた。何かあったら傍観する訳にもいかない。女性の喧嘩なんて、そうはないとも思うが。
がらがらがら、と音を立ててドアをあけ、俺は教室のなかをのぞきこんだ。
「いい加減にしないと殺して差し上げますわよ」
「また物騒なこと言うね。そりゃ、大道寺は不老不死だから生きるの死ぬのって平気で言えるのかもしれないけど、そういうの、よくないよ。世のなか平和が一番だよ。ピースだよピース」
「まあまあまあ」
声をかけながら、俺は教室の真ん中に立っている、金髪セミロングでグラマラスなコギャル系美少女と、かぐや姫みたいな髪型をした、黒髪ロングで色白でスレンダーな体形の、もうひとりの美少女のそばに立った。金髪セミロングが怪訝そうに、黒髪ロングがイラついた顔でこっちを見る。
「知らない顔ですわね」
「私もはじめて見るね」
黒髪ロングが言い、金髪セミロングも返事をした。ここで気づいたが、金髪セミロングのほうは、三角形の耳がふたつ、頭のてっぺんから突きでている。やっぱり人間じゃないんだな。
「この高貴なるわたくしに無遠慮な。誰と口を利いているのか、わかっていらっしゃるの?」
「どちらさん?」
ふたりして訊いてくる。
「えーと、俺は転校生なんだ、誰と口を利いているのかは、よくわかってないです。それから名前は羽佐間慶一郎。今日から、この教室で勉強することになってるんだけど」
「え!」
「あ、そうなんだ」
黒髪ロングが驚き、金髪セミロングが納得した顔をした。黒髪ロングが、なんだか赤い顔で後ずさる。
少し、間を置いてから、黒髪ロングが口を開いた。
「あなたが、羽佐間慶一郎なのですか?」
「そうだけど。知ってるのか?」
「あの」
何か言いかけ、黒髪ロングが口ごもった。二、三秒して、思いきったみたいに俺を見る。
見る、というか、にらみつけるみたいだった。
「わたくしの名前は大道寺結華です」
「あ」
俺も納得した。この黒髪ロングで、顔は清楚な美少女だけど、なんだか怒りっぽそうな表情をしているのが、理事長の娘の大道寺結華だったのか。
「ということは、吸血鬼の?」
「もちろんです」
大道寺が胸を張った。
「見ておわかりになりませんの? この、神に選ばれた美貌の主。これこそが夜の支配者である不死の一族であることの、何よりの証明ではありませんか」
「へえ。神に選ばれた吸血鬼か」
なんだか少しおかしな話を聞かされたような気もするが、とりあえず納得しながら俺は大道寺を見た。――なるほど、あらためて観察すると、大道寺の美貌は相当なものだった。口からのぞく牙と、まるで凹凸のない電信柱みたいな体形が気になると言ったら気になるが、さすがにそこまでは神様もサービスしなかったらしい。
ま、そこまで完璧だったら人間が吸血鬼崇拝教に改宗するからな。
「それから――」
俺は金髪セミロングのほうを見た。ここで気がついたが、こっちの美少女も口元からのぞく犬歯がずいぶんと長めである。目が合ったら、金髪美少女が気がついたみたいに自分の顔を指さした。
「あ、私? 私は原田由真って名前だから」
「そうなんだ。よろしく」
と、あいさつをしてから俺は気がついた。ここは十三組である。大道寺は七組のはずだ。
「えーと」
「そのものは狼人間、つまりはナイトチャイルドなのです」
俺が大道寺に質問するより早く、大道寺が原田を指さした。なるほど、それで耳が頭のてっぺんから突きでているのか。よく見ると、スカートの下からしっぽまででている。
「そのナイトチャイルドが、不死の一族である、このわたくしに逆らうなど――」
「べつに逆らってないじゃん。言うこと聞かないだけで」
原田が大道寺の言葉をさえぎって反論した。大道寺が顔をしかめる。
「言うことを聞かないことを逆らうというのです!」
「だって偉そうに命令するからさー。そういうのは大道寺のことを慕ってる連中に言えばいいじゃん。関係ない相手にゴチャゴチャうるさいのって格好悪いよ? みっともないよ?」
忠告のつもりだったのかもしれないが、眉をひそめて言う原田に、一瞬置いて大道寺が怒りの形相でにらみつけた。
「このわたくしをみっともないですって――」
「だって本当にみっともないし。みっともないのをみっともないって言って何が悪いの?」
「ううううう」
頭に血が昇りすぎて言葉もでなくなったのか、大道寺がマジ切れした顔で両手を上げる。あ、まずい。こりゃ、リアルでやる気だぞ。
「なあ、喧嘩はやめにして――」
俺は原田をかばおうとして、大道寺の前に立った。ほぼ同時に飛びかかった大道寺の爪先が俺の頬に食いこむ。ごきん! という派手な音が響いた。
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