第四章 謎の通り魔の正体・その5

「それから?」


「情報は以上。あとは憶測になるんだけど。言っていいかな?」


「言ってくれ」


「実は、その通り魔の犯人が大道寺様じゃないかっていう噂になって」


「――は? なんでだよ?」


 なんでそうなるんだ? 不思議に思って質問したが、マーティの困ったような表情は変わらなかった。


「こういうの、状況証拠っていうのかな。――えーと、大道寺様は吸血鬼なのに、いままで、誰かの血を吸ったって話を、誰も聞いたことがなかったんだよ。それから、ここの区長である、大吸血鬼の孫娘で、昼間でも、少しの間なら行動できるって言うし」


「確かに言ってたな」


「それに成績も優秀だし。たぶん魔法も使えて、忘却の時刻もつくれるだろうって」


「ふうん。――は? ちょっと待て。それは確認した話なのか?」


「だから憶測なんだって。あと、昼間でも行動できる吸血鬼の支配者クラスで、牙型を登録していないのが大道寺様だったんだよ」


「そっちは確認したのか?」


「うん」


 こっちはマーティも肯定した。


「大道寺様は未成年だから、まだ登録義務がなかったらしくて。一応、通っている歯医者に牙型は残ってるから調べられるんだけど、礼状をとるのに時間がかかるみたいで」


「なるほどな」


 俺は少し考えた。というか、悩んだ。結華が、その通り魔事件の犯人じゃないのは確定的だ。何しろ、そういうことが起こらないように俺がいるのである。ただ、俺が結華に血を吸われていることは言えない。結華本人に口止めされている。まだ、正式に結華が逮捕されたわけじゃないし。裁判沙汰になったら俺も証言台に立たなければならないだろうが、ここでは黙っておくべきだ。学園寮で男子生徒がビビっていたのは、この話を知っていたからか。


「オース慶一郎」


 考えていたら、いつもの明るい声が聞こえた。振りむくと由真が笑顔で手を振っている。普段と同じ調子で俺のすぐ前まで歩いてきてから、なんとなく表情を変えて左右に目をむけた。クラスの雰囲気がおかしいのに気づいたらしい。


「何かあったの?」


「ま、いろいろとな。それから、ちょっと離れてくれ」


「え? うん」


 話題を変えようと思い、俺は立ち上がりながらマーティの肩に手をかけた。マーティーが不思議そうに俺を見る。由真も不思議そうにしていた。


「慶一郎くん?」


「実は俺、昨日、マーティと、少し話をしたんだ」


「へえ。それで?」


「まあ、確かにプルトニウムの生成はやりすぎだと思うけど、話したら、それほどわからない奴でもないってことがわかったんでな。仲良くしようと思ったんだ。で、俺と由真って、普段、割と一緒にいるだろ? だから、由真もマーティと仲良くしてやってくれ」


「ふうん?」


 言われて由真がマーティを見た。


「べつにいいよ。慶一郎の友達なら、私の友達だし」


「あ、そう。じゃ、あの、よろしく」


 マーティが返事をする。とりあえず、話題は変えられたかな、と思う俺の前で、由真が笑いながら両手を広げた。


「じゃ、慶一郎と同じで、マーティにも匂いつけしないとね」


「え! あ、あの、僕はそういうのいいから! いらないから!!」


 慌てた顔でマーティが後ずさるが、由真の笑顔は変わらなかった。


「大丈夫大丈夫。顔を舐めたりはしないから。ただのハグだよハグ」


 やばい。いくらなんでも抱き着いたらマーティの本当の性別がばれる。俺も慌てて由真とマーティの間に立った。


「あの、そういうの、マーティにはなしにしてくれ」


「そうそう。僕の一族って、ハグは恋人とだけするように言われてて」


 俺の背後で、たぶん大嘘だろう言い訳をマーティが並べ立てた。由真が、ちょっと残念そうな顔をする。


「そうなんだ。じゃ、仕方ないね。だったら、これからもハグは慶一郎とだけにするから」


「おい先生きたぞ」


 その言葉に、皆が慌てて席に着いていった。由真とマーティも自分の席に戻っていく。


 あとは、普通の一日のはじまりだった。

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