第一章 東京都不死区への転校・その11

「遅かったじゃん慶一郎」


 俺が結華と別れて下駄箱まで戻ったら、由真がいた。俺を見て、にいっと笑いかける。


「待ってたんだよ。じゃ、一緒に帰ろ」


「俺、一緒に帰る約束してたっけ?」


「硬いこと言うなって。レディが帰るとき、男はエスコートするもんじゃん」


「ふむ」


 言われてみれば、その通りである。


「でも俺、君の家がどこにあるのか知らないんだけど」


「君なんて他人行儀じゃなくて、おまえとか、由真でいいよ」


 由真が上履きを脱ぎ、下駄箱から外履きをだした。俺もそうする。


「それに、獣人街って遠いから、私、エクス学園の学園寮に住んでるんだ。だから、すぐだよ」


「あ、そうなんだ。俺もなんだよ。人造人間で実家がないから」


 俺たちは一緒に校舎をでた。


「それで、結華と何をやってたの?」


「まあ、いろいろあったんだよ」


 由真が質問してきたので、俺は適当に誤魔化した。飲食のことを口外したら結華が切れるのは確認する必要もないレベルの話である。俺の返事に、由真が怪訝そうな顔をした。


「いろいろって?」


「だから、いろいろだよ。それから先は個人情報」


「あそ。じゃ、しょうがないね。だったら、それはいいとして、えーと」


 由真が近づいてきて、またもやクンカクンカやりだす。


 で、ちょっと首をひねった。


「うーん、なんだか、ちょっと血なまぐさい気がするね。私がつけた匂いとは違う匂いが混じってる。どこかで怪我でもしたの?」


「それは、ちょっと血液提供的なことしたから、そのときの匂いかもな」


「あ、献血とかしてたんだ。まあ、ここって、吸血鬼が結構いるからね」


 いい具合に勘違いしてくれた由真が近づき、俺の腕をつかんできた。


「じゃ、行こうか」


「あ、うん」


 かなり積極的――なのか、それとも天然で自分のやってることがわかっていないのか、由真が俺の手をひいて、そのままスタスタ校門をでた。


「結華って、綺麗だよね」


 そのまま、黙って歩いていたら、由真が言ってきた。


「それに、不死区の区長の孫娘で、エクス学園の理事長の娘で、不老不死の吸血鬼で、スクールカーストトップで、しかも、昼間でも、少しの間なら行動できるんだってさ。要するに完璧お嬢様なんだよね。私なんかとは違うよなーって思うよ本当に。こんなことで嫉妬しても仕方ないから、私は私で、好きにやっていこうって思ったんだけどさ」


 と、ここまで言ってから、由真が俺を見た。


「何を変な顔して見てるの?」


「ちょっと感心したんだよ。由真が、結華のことを綺麗だって言ったから」


「は? そんなことで?」


「だって、女性は自分より美しい相手をブスと言って、自分より劣る顔の人間をかわいいと言うって思ってたから。本土でも、綺麗な芸能人の名前をだして、あいつはブスだって言う女子はいたし」


「あー、そういうことか。こっちにも少しいるよ、そういうこと言う奴」


 うなずいて由真が前を見た。


「でも私、そういう嘘って嫌いなんだ」


「へえ」


「そういうのって、要するに負け惜しみだからね。そんなの、いくら言ったって、何かがどうにかなるわけでもないし、意味ないじゃん? じゃ、言う必要ないし」


「まあ、確かにその通りだな」


 うなずく俺を見ながら、由真が笑いかけた。


「話変えよか。ここにいない人のこと、いくら言ったって、結局は悪口みたいになっちゃうかもだし。あのさ、本土ってどんなとこ?」


「――そうだな」


 由真の質問に、俺は少し考えた。


「人間ばっかりだったよ。俺みたいな人造人間の時点で、かなり珍しいって目で見られてた」


「ふうん。じゃ、住んでる人はともかく、街はどんな感じだった?」


「街並みは、こことほとんど変わらないよ。というか、この不死区の街並みが、本土の新宿とか渋谷にそっくりなんだけどな」


 何しろ、ここの区長は結華の祖父で大吸血鬼である。本来、吸血鬼は人間のふりをして、人間社会に潜んで生きるものだ。その吸血鬼が独立して街をつくるとしたら、人間と同じ形状の街をつくるだろう。――ここにくるまで、俺はそう思っていた。


 その通りだった。


「それで、由真って本土に行ったことないのか?」


 俺が訊いたら、由真が真顔でうなずいた。


「親が、ここで知り合って結婚してね。私、生まれてから、ずっとここなんだ。輸送船に乗ったこともないし、本土に行く許可証も持ってないし」


「そうなんだ」


 これは仕方がないことかもな、と俺は思った。法的には基本的人権が認められていても、結局のところ、由真は獣人類である。肉食獣と同じ種類の殺傷能力を持ったDKが本土でトラブルを起こせば、爪も牙も退化した人間には対応のしようがない。


 不死区は、人間側にとっても、都合のいい隔離施設だったんだろう。


「だから私、本土って、どんなところなのかなーって思ってさ」


「俺は逆に、不死区ってどんなところなんだろうって興味あるけどな」


「あ、そうか。そりゃそうだよね」


 言って、由真が少し考えた。


「そうだね、慶一郎って、寝るの、何時ごろ?」


 由真が訊いてきた。


「特に決めてない。眠りたいときに眠るけど」


「睡眠時間って、どれくらい?」


「普通だよ。六時間から八時間くらいかな」


「あそ」


 由真が笑顔でうなずいた。


「じゃ、寮で宿題やったら、そのあと、遊びに行くから」


 妙な誘いをしてきた。


「遊ぶって、何を?」


「夜の街に行こうよ。私みたいな獣人類の時間って、これからだし。それに私、不死区のことを慶一郎に紹介するって言ったしね」


「あ、そうか。ありがとうな」

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