第一章 東京都不死区への転校・その12

 そのまま校門をでて、俺たちは学生寮のほうをむいた。――このとき、俺は言わなければならないことがあったのを思いだした。


「さっきの話、ちょっと巻き戻すけどな? 結華だけじゃない。由真だって、相当綺麗だと思うぞ。清楚な雰囲気の結華とは美人の種類が違うだけだ」


 俺が言ったら、またもや由真が笑いながらこっちを見た。


「慶一郎って、本当にいい奴だな。嘘でも嬉しい。気に入ったよ」


「嘘じゃなくて本当だって」


「ありがと。でも、慶一郎も、結構イケメンだと思うよ?」


 由真が少し近づき、俺の顔をジーっと見上げた。


「その顔、人造人間だから、なんか整形でもしてんの?」


「――あー、俺の顔は平均なんだけど、どうしてもそうなるんだよ。ハイブリッド遺伝子の理屈で」


 俺は頭をかいた。これは本土でも何回か言われたことである。由真が妙な顔をした。


「どういうこと?」


「えーと、ちょっと説明するけど。昔、アメリカで、防犯目的で、典型的な犯罪者の顔をつくろうとして、刑務所に入っている重犯罪者の顔写真を何枚も集めて、眉の長さとか唇の厚さとか顎のラインとか、目の形の平均をとって合成していったら、穏やかで紳士的な顔になってしまったっていう話があるんだ。それでわかったんだけど、人間というのは、これといって特徴のない、平均的な顔を美しいって判断するみたいなんだよ。もちろん人種によって、肌の色とか彫りの深さとか、いろいろ変わってくるけど。で、俺たち人造人間の、特に羽佐間シリーズは生体機械系で、なるべく多人数の遺伝子でハイブリッド化してるから、どうしてもこういう顔になっちゃうらしいんだ」


「へえ」


 由真が感心したみたいな目で俺を見た。


「じゃ、慶一郎の顔って、世界中の顔の標準で、平均で、平凡で、なんの特徴もない、つまらない顔ってことなんだ?」


「――まあ、言い方はともかく、理論的にはそういうことになってる。そう見えないってよく言われるんだけど」


 そのおかげで、本土の学校に通っていたころは、バイオテクノロジー整形手術野郎なんて陰口を叩かれたこともあったんだが。羽佐間園でも、遺伝子工学系の学生が見学にきて、美形ばっかりだって驚いていた。


「うーん、そうか」


 由真が、少し考えるような顔をした。


「そうだよね。慶一郎はイケメンなんだ。それに、その慶一郎の目から見たら、私も、結構美人なんだ」


「人間型のDKなら、みんな由真のことを美人だって言うと思うけど」


「そんなこと言ってくれる人なんていなかったよ。ほら、私ってスクールカースト最低で、友達もいなかったし」


 ちょっとリアクションに困るようなことを言ってから、あらためて由真が俺を見上げた。


「冷静に考えたら、私の言うこと、こんなに聞いてくれる相手って、エクス学園にきてからだと、慶一郎がはじめてだったんじゃないかな」


「俺も、話を聞いていて退屈しないからな」


 少なくとも、家柄自慢しか言わない結華よりは、話を聞いていて楽しいと俺は思った。


「それに慶一郎って、性格も悪くないし、男だし。私は女だし」


 言いながら、もう一度、由真が俺のことを凝視した。今度はいままでと目つきが違う。――なんと言ったらいいのか、古物商の専門家が、客の持ってきた商品を見て、その価値を見定めるような、そんな感じだった。


「こういうのって、いつかは経験するんだし。でも私、エクス学園で、話を聞いてくれる男子なんて、ほかにいないから、チャンスもなかったし」


 よくわからないことを言ってから、少し考えるように首をかしげた。


「うん、決めた。そうしよう」


「は? 決めたって、何を?」


 俺が聞き返したら、由真が少し照れたみたいな顔をした。


「あ、うーん、えーとね。いまはまだ、ちょっと恥ずかしいから、べつの日に言うね。ただ、私もさ、スクールカーストトップって言うか、そういうんじゃないけど、それに近い、青春してるなー、リア充みたいになれるんじゃないかなー? って思っちゃったんだ」


「ふうん?」


「あと、それとはべつに、私、いまから慶一郎にスキンシップするから、そのまま動かないで」


「え、こうか?」


 訳がわからないまま、俺は立ち止まった。学園の教室のなかで、あのレベルのスキンシップである。では、外では? 一体何をやるんだろうと思っていたら、由真が下から俺を見上げてきた。


「えへへ。なんだか私もドキドキするなー」


 笑顔で言い、由真がぱっと口をあけた。そのまま舌をだす。


 そして、ぺろっと俺の唇を舐めた!


「ふんー!? ふんんん!?」


 慌てて口を押えて後ずさる俺を、少し恥ずかしそうに、それでも笑顔で由真が見つめていた。


「これで完璧に匂いついた。慶一郎は私のものだから。はい、フレンドフレンド」


 嬉しそうに言ってくる。


「そういうものなのか?」


 俺は疑問不調に訊き返すしかなかった。


「そうだけど?」


 これまた、笑顔で返事をする由真だった。


「ふうん、そうなんだ。じゃ、まあ、そういうことで」


 と、返事をするしかない俺だった。まあ、転校初日で友達ができたのである。これはこれで、運がよかったんだとしておこう。ただ、それとは別件で、なんでかわからないが、いきなりファーストキスを奪われた。こっちはカッコ泣きって気分である。

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