第五章 東京都不死区での決闘・その9
「どうやら成功したようだな」
数分し、なんとか俺は立ち上がった。目の前には上半身だけになったアンディード。周囲は普通の夜である。忘却の時刻はとっくに消え失せていた。
「何があったのですか?」
訊いてきたのは結華だった。俺の隣でへたりこんで、さっきまで耳をふさいでいたのだが、ようやく目が慣れてきたらしい。呆然とした顔で俺を見上げる。
「白兵戦に投入される、周防シリーズっていう人造人間の左腕なんだけどな。これが火を吹いたんだ」
俺は右手で自分の左腕を指さした。
「エネルギー充填率五〇パーセントだったんだけど、結構な音がでるもんだな。まあ、本当は合わないはずのものを大改造してとりつけたんだから当然か」
右腕は雁田シリーズで互換性があるから普通に動いて当然だが、左腕は本当に大博打だった。それにしても、よく拒絶反応が出ないものである。俺はカスタム改造を施したマーティの手腕に感心した。――パーツ屋をでたあと、マーティが俺の左肩につけてくれたのが、これだったのである。おかげで大助かりだった。まだ熱を持っている左腕から目をそらし、アンディードを見る。
「ううう」
アンディードはうめき声を上げながらも、まだ動いていた。下半身が吹っ飛んでなくなっているのに、大した生命力である。俺以上かも知れない。
「それで、なんでここにきたんだ?」
自分の身体に異常がないか確認しながら、俺は結華に質問してみた。結華も立ち上がる。
「あなたに、あのナイトチャイルドの連絡先を聞こうと思ったのです」
「は? なんでだ?」
「気がつかないうちに帰ってしまわれたからです。エクス学園で、わたくしの味方をしてくれたから、お礼を言わなくてはと思っていたのに」
スカートのほこりを払いながら言ってから、あらためて結華が俺のほうをむいた。
「何を変な目で見ているのです?」
「いや」
俺は少し考えた。
「なんて言ったらいいのか、律儀だな、と思って」
俺が言ったら、結華が悔しそうな顔をした。
「正直に言うなら、わたくしだって、あのナイトチャイルドに頭を下げたいとは思っておりませんでした」
「へえ。じゃ、どうして」
「大道寺結華は、何者かに救いの手を差し伸べられても、礼を言おうともしない無作法者だ。――このような陰口を叩かれるのは、もっと我慢がならないからです」
「あ、なるほどね」
本心から感謝してるわけじゃなくて、体裁を取り繕うのが第一目的か。お嬢様ってのは、本当にがんじがらめなんだな。なんだか気の毒になってきた。
「ですから、わたくしは、何がなんでもお礼を言わなくてはならないのです。そうしなければ、高貴なわたくしの名に傷がつきます」
「話はわかった。ただ、それだったら電話して訊けばいいだけの話だろう。なんでわざわざ俺のところまできたんだ?」
「わたくしはあなたの電話番号を存じ上げません」
「あ、そうだったっけ。じゃ、後で教えるから。――それはいいとして、これからどうするかな」
俺は結華からアンディードに視線を変えた。放っておけば、動かなくなるのか、それとも復活するのか、それすらも見当がつかない。
「慶一郎、何を考えているのです?」
アンディードに近づきかけた俺に結華が声をかけた。
「俺も悩み中だ」
「断っておきますが、無駄な殺人はわたくしが許しません」
「俺だってやりたくなんかない。ただ、何もしなくても、この娘には破棄処分て運命が待ってるんだ。結華お嬢様、借金をお願いできるかな」
俺の返事に、結華が不思議そうな顔をした。
「どういうことです?」
「聞いた話なんだけど、魔導師街で、俺みたいな羽佐間シリーズに対抗して、頑丈なホムンクルスをつくろうとしたのが、この娘なんだ。だから簡単に死なないんだと思うけど。ただ、吸血鬼の呪詛因子を混ぜたせいで――」
俺はマーティから聞かされた話を簡単に説明した。ついでに、アンディードを購入した富裕層が存在しない以上、逮捕されたら破棄処分という事実も。
ひと通りの話を聞いた結華が、なんだという表情になった。
「では、わたくしがこの娘を購入します」
「は?」
「いまの話が本当なら、このホムンクルスの呪詛因子はお父様からのものでしょう? では、出生が少し違うだけで、この娘はわたくしの親戚ということになります。見捨てることなど、できるわけがないではありませんか」
「――まあ、それはそうなるけど」
俺は感心しながらうなずいた。
「それにしても優しいんだな」
「こんなことは子供でも知っている宇宙の真理だと、ある高名な吸血鬼小説にもありました。もっとも、この言葉を口にしたのは、わたくしたちに仇なす、恐ろしい吸血鬼ハンターでしたが」
言って結華がアンディードに近づき、膝をついた。アンディードが顔を上げて結華を見ている。呆然とした表情だった。
「聞きましたね? あなたは、たったいまからわたくしの所有物になりました。逮捕されても保釈金はわたくしがだします」
「――よろしいのですか?」
「もちろんです」
俺から背中をむけていたが、結華が笑顔でものを言っているのは声の感じから判断できた。由真と話すときは鬼みたいな形相になるのに、相手が違うと変わるものだな。
「わたくしは高貴な吸血鬼の、支配者の一族です。危機にあるもの、何かから逃げようとしているものに救いの手を差し伸べずして、何が高貴と言えるでしょう? あなたは、もう何も恐れなくてよいのです」
「ありがとうございます」
「お礼などいりません。それよりも、大丈夫ですか?」
「はい。まだ動けます」
「それはよかった」
言い、結華がこっちをむいた。笑顔である。まさか、こんな簡単に問題が解決するとはな。それにしても、俺の予想は外れてばっかりだった。
「では慶一郎、この娘を背負って運んで行きなさい」
「あー、悪いけど、それは無理だ」
俺の返事に、またもや結華が不愉快そうな顔をした。
「どういうことです。わたくしの言うことが聞けないというのですか?」
「あ、ごめん。そういうわけじゃなくてな」
俺はその場に座りこんだ。というか、へたりこんだ。
「実を言うと、俺、いま、予備バッテリーで稼働してたんだよ。ただ、それでプラズマライフルぶっぱなすのは、やっぱり無理があった。駆動系が燃料切れを起こしてて動けない」
「え」
「そういうわけで、俺、いまから気絶するから。あと、よろしく」
とりあえず、言うことを言って俺はあおむけにひっくり返った。結華の悲鳴が少しだけ聞こえたような気もしたが、すぐにそれも遠くなっていった。
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