第五章 東京都不死区での決闘・その8

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 一時間後、俺は不死区の港にきていた。――ふむ。右手に見える輸送船が、今夜の便か。俺はスマホの情報を頼りに歩いた。あと三〇分で船がでる。アンディードを示す青い光は、ありがたいことに、まだ船の外だった。冗談抜きで、船の外壁に張りついて不死区を抜けだすつもりらしい。距離は、あと百メートル。周囲が白い霧で覆われはじめた。


「忘却の時刻、か」


 俺は小さくつぶやいた。こっそり密航する目的で、アンディードがつくったんだろう。ありがたい。これなら、まともな人間は入ってこられないはずだ。目撃者が巻き添えを食う危険はない。


 ――いま、霧の彼方にアンディードが目視できた。


「アンディード!」


 俺が声をかけたら、アンディードが驚いた顔でこっちを見た。ま、そうなって当然か。俺はスマホをポケットに突っこんだ。アンディードが不思議そうに俺の腕を見る。


「あれで死なないとは思いませんでした。それに、その腕。もう動くんですか?」


「ま、いろいろあってな」


「両腕とも折ったんだから、店に置いてある予備と付け替えることもできないはずなのに」


 付け替えたんだが、わざわざ説明するような話でもない。これからやり合うのである。俺が正体不明の能力を持っていると勘違いさせておいたほうが有利に働く――かもしれないしな。アンディードの視線が、俺の顔から胸へ移動した。


「胸に穴があいてるんだから、羽佐間シリーズの、べつの人造人間ということでもなさそうですね」


「ここに俺以外の羽佐間シリーズなんているわけないだろう」


 そもそも、軍事用の羽佐間シリーズが街中にいるという時点で話がおかしいのだ。アンディードが周囲を見まわす。


「ほかには、誰もいないようですね」


「それはどうかな」


 俺はニヤついた。アンディードがムッとした顔をする。


「それははったりですか?」


「それもどうかな」


 はぐらかしながら、俺はアンディードにむけて歩きだした。さっきと同様に、アンディードの背が伸びていく。そのまま、軽く腰を落としてかまえた。


「さっきの状態で私に負けて、今度は勝てると確信しているのも変ですね。やはり、どこかに伏兵がいると判断しておきましょうか」


「悪くない判断だな」


 もちろん、それが正しいかどうかは別問題だが。アンディードの瞳が紅蓮に輝いた。


「なるべく早く決着をつけさせていていただきます。では」


 言うと同時にアンディードが突っこんできた。マウントポジションをとろうという動きに、左足をひいてタックルを切ってやる。同時に右腕のエルボードロップをアンディードの背中に打ちこむが、アンディードの動きは止まらない。そのままたおされる前に俺は両足を跳ね上げた。アンディードの腹に足をからませ、ガードポジションの形をとる。


「きゃ!」


 アンディードが黄色い悲鳴を上げた。


「何をするんですか! 離してください!!」


「そんな手に二度も乗るか――」


 言いかけた俺の顎にアンディードの拳が飛んだ。見事なストレートが決まる。KOの理論で生体脳サイドが揺らされ、足の力が抜けた隙にアンディードが距離をとった。


「私も、二度も乗るとは思っていませんでした。喋らせて、顎を不安定にさせるのが目的だったんです」


 なるほどね。やられたよ。足が震えて動かないまま、俺は右手で身体を起こした。アンディードが俺を凝視する。


「申し訳ありませんが、ここで止めを――いや、伏兵を誘きだすには、生きていてもらわないと困りますね」


 言いながらアンディードが俺の背後にまわり、無言で俺の首に腕をまわした。頚動脈を押さえつける寸前で手を止める。俺の言っていた伏兵が本当に実在すると思っているらしい。アンディードが白色の霧の彼方に目をむけた。


 それとはべつに、俺の体内のエネルギー充填率が三〇パーセントまで行ったときだった。


「慶一郎!」


 予想外の声が飛んだ。ギョッとなって声の方向を見ると、結華がいる! 馬鹿な。なんでいるんだ!?


「ここにいたのですね。なぜ、忘却の時刻が――」


 言いながら結華が近づいてきた。スマホを持っているところを見ると、俺のビーコンを追ってきたのだろうが、まさか、こんなタイミングで。近寄ってきた結華が、俺の胸の穴に気づいたらしい。血相を変えて駆け寄ってくる。


「どうしたのです慶一郎!? あなた、大怪我を」


「早く逃げろ――」


 言いかけた俺の視界の隅で、アンディードが俺に目をむけた。


「これは驚いた伏兵ですね」


 アンディードが俺の首から腕を離し、距離をとりながら結華に静かな声をかけた。


「破棄される運命の、吸血鬼の呪詛因子を埋めこまれた私に、大道寺様とは。何かの嫌がらせですか?」


「偶然だ」


 言い、俺は膝立ちになった。まだ足が震えて立つことはできない。結華が俺のそばまできてから、アンディードのほうをむいた。


「あなた、ホムンクルスですわね? ちょうどいいわ。誰か呼んできてちょうだい。わたくしの人造人間が怪我をしました」


 事態を把握してない結華が、とんでもない命令をアンディードにだしてきた。アンディードが悲しげな顔をする。


「同じ吸血を行うものなのに、なぜ、私と違って、あなたは」


「結華、あのホムンクルスが通り魔吸血鬼の犯人だったんだ」


 仕方がない。急遽、予定を変更し、俺は結華に呼びかけた。エネルギー充填率五〇パーセント。これでも足止めくらいはできるだろう。俺の言葉に結華が驚いた顔をして、同時にアンディードが表情を変えた。


「そうだったのですか?」


「急いで警察に行ってくれ。その犯人が、不死区から本土に密航しようとしてるってな。あとは普通に密航させて、本土に上陸させてから機動隊に捕獲してもらえばいい」


「そんなことは――」


 アンディードが険しい顔で間を詰めた。結華が怯えた表情で後ずさる。口封じに殺されると思ったらしい。その結華が俺に抱き着いてきたのは都合が良かった。右手で結華の身体を俺の背後にまわしながらアンディードを見つめる。アンディードも俺をにらみつけた。


「きな」


「そうさせてもらいます。最後に言っておきますが、本当に、無駄な殺しはしたくありませんでした。残念です」


 アンディードが一気に俺へ駆け寄ってきた。俺も殺したくなんかなかったよ。心のなかでつぶやきながら、俺はアンディードに腕を突きだした。


 左腕を。手首から先が外れ、稲光を飛ばす俺の左手首から先に、目の前まで駆け寄ったアンディードが目を見開いた。


「それは周防シリーズの――」


「ファイア」


 俺の言葉と同時に、目もくらむ閃光と轟音が世界を押し包んだ。

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