第五章 東京都不死区での決闘・その7

「すまなかったな。命令しないって言ったのに。今回は緊急事態だったんでな」


「かまいません。それに、吸血鬼の催眠術ほどじゃないけど、これくらいなら私にもできますから」


 マーティが言いながらこっちをむいた。眉をひそめて苦笑している。そのままマーティが小首をかしげた。


「それで、私はどうすればいいんですか?」


「えーとな」


 俺は右手でズボンからスマホをとりだした。蜘蛛の巣みたいな細かいヒビが入っているが、ありがたいことに、ちゃんと作動している。


「悪いけど」


「アンディードのビーコンですね?」


「ありがとよ」


 俺の言いたいことはわかっていたらしい。マーティが俺のスマホを受けとり、何やら操作しはじめた。


「慶一郎さんと同じで、ホムンクルスもつくられたものですからね。知り合いの魔導師に確認をとっておいてよかったです」


 マーティがスマホを渡してきた。受けとる。画面が不死区の地図になっていた。不死街の外れで、青い光が点滅している。ありがたいことに、まだ遠くへは行ってないらしい。


「それで、アンディードは、どこへ逃げようとしてるんでしょう?」


「本土へ行くって言ってた」


「え」


 正直に言ったら、マーティが表情を変えた。


「それって大変なことじゃないですか。本土で問題を起こしたら、責任追及でどういうことになるのかわかりませんよ」


「だからとめようとしてるんだ。ありがとうな。あとは、俺がなんとか決着をつけてくる。マーティも帰っていいぞ」


「あのう」


 スマホをのぞきながら言ったら、マーティが困ったみたいな声をかけてきた。顔を上げると、声と同じでマーティが困った顔をしている。


「どうした?」


「もちろん私は慶一郎さんのことをとめません。そもそも、私にはとめる権利もありませんし。ただ、ちょっと協力したいことが」


「帰っていいって言ったはずだぞ」


「もちろん、最後はその通りにしますけど、その前にやりたいことがあるんです」


「だから俺は忙しいんだよ」


「大丈夫ですよ。いま、深夜一時半ですね」


 マーティが俺のスマホをのぞいて時刻を確認した。


「不死区から本土に出航する深夜便は、丑三つ時――二時半の一便だけですから」


「あ、そうなのか?」


「このへんの夜の海って、その時間にならないと、ニンゲンとかヒトガタとかクトゥルーとかクラーケンが眠らないから、あぶなくて船をだせないんですよ。ああいう巨大なDKは野生動物と同じで、言葉も通じないのが多いし。幽霊船は、ここの区長がフライング・ダッチマン船長と直接話をつけて静かにさせたそうですけど。――で、実は私、これを持ってきちゃったんです。ないよりはましでしょう?」


 言いながらマーティが左手を上げた。なんだと思って目をむける。


「――ああ、そういうことか」


 俺は納得した。その俺を見ながら、マーティが笑いかける。


「このままだと、どう考えたって、慶一郎さんに勝てる要素は見当たりませんから。愛する慶一郎さんが死ぬのは、私も黙って見ていられませんし」


「――は?」


 なんか、ちょっとシャレにならないことを聞いた気がした。


「愛する慶一郎さんって、なんだ? ひょっとして、前に言っていた、自分で自分にかけた魅了の呪文、まだ解いてなかったのか?」


「もちろん解いてませんけど?」


「なんでだ?」


 俺の質問に、少し恥ずかしそうな顔でマーティが俺を見た。


「だって、こんなに素敵でドキドキする感覚、手放せるわけがないでしょう?」


「いますぐ解け」


「命令しないって言ってませんでしたか?」


 マーティがいたずらっぽく返事をした。


「あのな」


「まあ、この件は、べつの機会にということで。話を戻しますけど、アンディードが不死区から逃亡するまで、まだ時間に余裕があります。慶一郎さんみたいな人造人間の、こういう調整やカスタム改造は私もはじめてですけど、できなくはないと思いますし」


「はじめて、か。すると俺は実験台ってことになるわけか?」


「慶一郎さんの細胞からクローンをつくるのは駄目だって言われちゃいましたからね。こういうところで、いろいろ実験をしてみたいんです」


 マーティが自信にあふれる目で俺を見すえた。


「安心してください。私はプルトニウムを精製した経験もあるんですから。大抵のことはできますよ。この天才マッドサイエンティストのマーティ黒川に全部任せてください」


「そうか。じゃ、頼む」


「まあ、あのときは臨界事故の挙句にメルトダウンまで起こしかけて、本当に死んじゃうかと思ったんですけどね」


「いま何か言ったか?」


「いえべつに」

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