第四章 謎の通り魔の正体・その10

「どうして私の名前を知ってるんですか?」


 妙なことを訊いてくる。自己紹介したことを覚えてないらしい。


「前に会ったとき、普通に名前を言い合ったじゃないか」


「え、だって、あのとき、私は」


 アンディードがそこまで言い、どうしてだか、冷えた目で俺を見据えた。もう笑ってはいない。


「どういうことなんですか?」


「え、ちょっと待ってくれ。どういうことって、質問の意味がわからないんだけど。――あ、ごめん。いまスマホが」


 ここまで言い、俺はポケットに手を突っこんだ。スマホがマナーモードで振動してる。相手はマーティだった。


「悪いけど、いま、ちょっと電話が。外で話してくるから」


「その手には乗りませんよ」


「いや、その手とかじゃなくて」


 ガチャン、と俺の背後で音がした。たぶん、店の扉にロックがかかったんだろう。アンディードがカウンターで何か操作したらしい。


「話すならここで話してください」


「――じゃ、まあ」


 何をピリピリしてるんだ? 訳がわからないまま、俺はスマホを耳にあてた。


「もしもし?」


『慶一郎さん、いま、どこにいますか?』


 スマホだから会話の相手が俺だってことはわかっているにしても、妙な切り出し方だった。


「寮の自分の部屋にいるよ。決まってるだろう?」


 寮でおとなしくすると嘘をついた以上、ここはさらに嘘の上塗りをするしかなかった。スマホのむこうでマーティがほっとしたように息をつく。


『よかった。お願いですから、間違っても不死街には行かないでくださいね』


「は? なんでだ?」


『あのあと、私も調べたんですよ。魔導師街の知り合いに問い合せたりして』


 女性口調ということは、マーティも自宅で、たぶんひとりなんだろう。


「それで?」


『慶一郎さんが言っていたアンディードなんですけど。ほら、不死街の、人造人間のパーツ屋で知り合ったっていう。あれですけど、そういう名前のホムンクルスシリーズは確かに存在したそうです。ただ、失敗作だってことで破棄処分されたとかで』


「は?」


 俺は目の前のアンディードを見た。アンディードは無言で俺を眺めている。


『もともとは、本土でつくられた、羽佐間シリーズみたいな人造人間が強くて頑丈すぎたのが原因らしいんですけど。そういった人造人間にも対抗できる、強い力を持ったホムンクルスを製造するって話が魔導師街で持ち上がって、それで設計されたのがアンディードシリーズだったそうです。そのために、吸血鬼の呪詛因子をメインに組みこんで製造されたらしくて。だからアンデッドみたいな名前がつけられたんですよ』


「ふうん」


 俺はアンディードを見ながらうなずいた。


『もちろん、百パーセント吸血鬼の呪詛因子を組みこんじゃうと、昼間は行動できなくなっちゃうから、そこは半分くらいにして、さらに追加で獣人類の変貌特性や魔導師の魔力も投入したハイブリッド製品だったみたいで』


「へえ」


 アンディードは、相変わらず無言のままだった。


『だから、簡単に言うと、吸血鬼と人間の混血のダンピール状態のホムンクルスを基本ベースにして、さらに、いろいろ混ぜこんだ、強化版のキメラを製造したわけですね。慶一郎さんも、身体は羽佐間シリーズなのに、思考パターンは静馬シリーズに書き換えられてるって言ってたけど、それと同じだと思ってくれればいいかもしれません』


「ほほう」


 返事をする俺の前で、アンディードの目つきが変わった。もう友人を見る目ではなかった。


『あの』


 スマホから、ちょっと戸惑ったような、マーティの声が聞こえてきた。


『さっきから、は、ふうん、へえ、ほほうって、生返事ばっかりなんですけど。ひいはないんですかひいは?』


「ひいなんてあるわけないだろう。ちゃんと聞いてるよ。というか、前にもどこかでやったな、この馬鹿な会話」


『いま何か言いませんでしたか?』


「いやべつに。それよりも説明のつづきを頼む」

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