第一章 東京都不死区への転校・その7

「一世紀くらい前、世界各地でDKが大量に発見されたって聞いてるけど」


「その通りですわね。だから、いまのわたくし達がいるのです」


「で、そういうDKは、知能は高いけど、人間として認めるかどうかで大問題になったとか。結局、DKの基本的人権は日本政府が公式に認めたんだけど、それを認めさせたのが大道寺一族の――」


「ええ。わたくしのお爺様です」


 結華の声は誇らしげだった。偉業を成し遂げたのは大道寺一族の当主であって、結華じゃないと思うんだが。


「それから、不死者だけじゃなくて、DK全般を優遇して、住民税やら年金やらを減額してくれるという、この特別区をつくったのも大道寺一族の当主で、だから代表して名前は不死区になった。で、その息子が、ここの理事長で、その娘が――」


「ええ、わたくしです」


 結華が胸を張った。それにしても、由真と比べると、本当にペッタンコだな。見るものを惹きつける美貌なんだが、残念な話だ。


「天は二物を与えずとはこのことかもな」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 ま、その気になって噛みつけば、いくらでも仲間を増やせるからな。由真とは逆で、出産とか授乳の能力は低いんだろう。


「つまり、わたくしは、この不死区をつくった、神にも等しい吸血鬼一族の、正当なる後継者なのです。本来なら、あなたのような人造人間が口を利ける相手ではないのですよ。隣を歩けて光栄に思うことですね」


「天は人の上に人をつくらずって言うけどな」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


「誤解がないように言っておきますけれど、わたくしは家柄がいいだけではありませんから」


 これから俺は、結華の自慢話を聞いて、さすがは結華様とかなんとか言わなくちゃいけないのかな、なんて、少し不安になった。それはともかく、ひきつづき結華の話を聞くことにする。いまは耳栓の持ち合わせがない。


「慶一郎、あなた、吸血鬼と言ったら、何が欠点だと思います?」


 考えてたら、結華が話題を振ってきた。


「そりゃ、太陽だろう」


 何しろ、いまは夜だ。一応、昼間は昼間で、陽光の下でも普通に動ける半魚人とか小豆とぎが授業を受けているそうだが、俺たちとの交流はない。


 またもや結華が胸を張った。


「その太陽の下ですが、わたくしは、がんばれば、三時間くらいは平気でいられるのです」


「へえ」


 これは俺も少し感心した。


「なんでだ?」


「真祖に近いものは、太陽の光も克服しているのです。慶一郎は吸血鬼ドラキュラという小説をご存知?」


「名前は知ってるけど、あいにくと未読で」


「あの本で、ドラキュラ公は、二度も昼日中から人を襲っております。わたくしも、それに近い力を持っているのです。わたくしのお父様に至っては、魔導師街で研究する、理想的な吸血鬼のサンプルとして、呪詛因子の提供までしたほどですから」


「はあ」


「わたくしが、どれほど偉大か、これでご理解いただけたかしら?」


 結華が俺のほうを見ながら微笑した。相当誇らしげな感じである。太陽なんて、俺も平気なんだが。たぶん由真もだろう。ま、この場でそれは言うまい。実際に昼間も動いて見せろ、は言うことでもない話だ。もう太陽は地平線の彼方に沈んでいる。


「じゃ、胸に杭を打ちこまれたら?」


「それは――」


 結華が、少しだけ口ごもった。


「さすがに、それはわたくしでも耐えることはできないでしょうね。でも、そんなことをしたらあなただって死ぬでしょう? お互い様です」


「俺は死なないと思うけど。べつのところに予備バッテリーやポンプも埋まってるし」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 適当にはぐらかし、俺は少し考えた。


「じゃ、十字架とにんにくは?」


「信仰心のない、形だけの十字架など無意味です。にんにくは悪臭なので不快には思いますが、それだけですわね。普通の人間だって、にんにくの悪臭を不快に思うでしょう? それと同じです」


「なるほどね」


 つまり、このお嬢さんはほとんど無敵だってことか。


「それにしても、十字架が効かないっていうのは意外だったな」


 なんとなく言ったら、結華が小馬鹿にしたみたいな目で俺を見た。


「想像してごらんなさい。十字架が無条件に怖いというのなら、わたくしは算数の足し算もできないことになるではありませんか。道を歩いていても、十字路には近づけないことになるし。そんな馬鹿げた弱点など、神から選ばれた美貌を持つ、このわたくしには存在しないのです」


「神から選ばれた、か」


 前にも似たようなことを言っていたが、よっぽど自分の容姿に自信があるらしい。言うだけの美貌だということは俺も認めるが。問題は性格とバストサイズだった。


「ただ、吸血鬼って、俺は悪魔にとり憑かれた亡者のことだと思ってたんだけどな」


「いま何か言いましたか?」


「いやべつに」


 だから聖書の教えに反して、あえて他者の血を体内に取り入れるとか、どこかで聞いたように記憶していたんだが。ま、日本は基本的な宗教が違うし、吸血鬼の特性も違ってくるんだろう。案外、十字架よりも神社のお守りが怖いかも知れない。――いや、それもないか。名字に寺という字が入ってるくらいだし。


 ただ、そうすると。


「ちょっと質問いいかな」


「言ってごらんなさい」


 結華の返事にうなずき、俺は周囲を見まわした。俺たちの会話を聞いている人間はいない。


「あのさ、吸血鬼は、普通に食事をとるって聞いたけど」


「ええ、とりますわよ?」


 結華が、何を言ってるんだ? という顔をした。


「食事と、あとは、少々の血液を。わたくしたちには必須の栄養素ですので」


「ふうん」


 ま、そういう種族だからな。


「じゃ、あの、そういう食事とはべつに、吸血鬼が人間から血を吸うときは、性的快感が得られるって」


「けがらわしい」


 一瞬で質問を蹴散らされてしまった。――吸血鬼の吸血行為は人間のセックスに相当するってどこかで聞いていたんだが、やっぱり、この質問はするべきじゃなかったか。


「ごめん」


「今回は特別に赦しますが、次にそういう話をしてきたらセクハラで訴えます」


「それは勘弁してくれ」


 会話はそれで、いったん終了になった。もう語ることもないので、そのまま結華のあとをついていくことにする。

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