第二章 謎の通り魔と遭遇・その4

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「へえ、納豆っていうから、醤油で味つけしてるのかと思ってたけど、ちゃんと甘いんだね。ムースみたいになってて美味しいし。フードプロセッサーでひいたのかな」


「俺も意外だった」


「でも美味しかったね」


 納豆ヨーグルトクレープをペロッと食べた由真が、俺に笑いかけてくる。それはいいんだが、ちょうど、通りの向かいから歩いてきた屍食鬼のカップルが、俺たちとすれ違うときに、ちょっと興味深そうな眼をむけてきた。獣人類の由真や、普通の人間に見える俺が不死街を歩いているから珍しいのだろう。


「やっぱり、ちょっと見られるよね」


 屍食鬼に声をかけられたわけでもないから黙って歩いていたら、由真が小声で言ってきた。


「そりゃ、不死街に、そうじゃないのがウロウロしてたら、変に見られて当然なんじゃないか?」


「あ、慶一郎は知らないんだね。本当はそうならないはずなんだよ」


 ちょっと意外なことを由真が言いだした。


「一応、獣人街とか不死街って名前はついてるけど、あれって不死区を本格的に設立するときに、獣人類と妖精と吸血鬼みたいなDKが、いきなり隣近所で仲良く生活するのは文化や風習が違いすぎて無理があるだろうってことで、便宜上つくったコロニーなだけで、絶対にそこで生活しなくちゃいけないなんて法律はないから」


「あ、そうなんだ」


 確かにそれは知らなかった。感心して聞く俺の横で由真が説明をつづける。


「それで、そのうち時間が経ったら、お互い、相手の種族のことが理解できて、たとえば不死街に獣人類が引っ越してくるとか、そうやって、いろいろ仲良く混ざっていくって偉い人たちは思ってたみたいなんだけど、これが全然そうならないで、不死者は不死街で生活、獣人類は獣人街で生活って感じで、ずーっとそれっきりなんだよ」


「へえ。――あ、あれか。アメリカと同じパターンか」


 あそこは人種のサラダボウルと言われている。――サラダというのは、トマトはトマト、レタスはレタスで独立して、ミックスジュースのように混ざりはしないけれど、それらが総合することで、サラダというひとつの料理をつくり上げている。それと同じことになっているのだ。


「だから、私がどこを歩いても問題ないはずなんだけど、それでもいろいろ見られるんだよ。やっぱり珍しいんだろうね」


「まあ、珍しいのは事実なんだから仕方がないだろうな。それはいいけど、由真は、それで不死街を歩きたくないって思ったりはしなかったのか?」


「人の目なんか気にして生きてたって仕方がないじゃん? 悪いことしてるわけでもないんだし」


 由真が笑顔でこっちをむいた。


「私は、私のできる範囲内で、やりたいことを好きにやるだけだよ。手に入らないものを、手に入れようとして努力するなんて、馬鹿馬鹿しいし」


「え、そうか? 努力することは大事だと思うけど」


 俺が言ったら、由真が少し困ったみたいな顔をした。


「いまのは、私の言い方がちょっと悪かったね。ちゃんと説明するから」


 由真が少し考えた。


「えーとね。人間のスポーツで、オリンピックとパラリンピックってあるじゃん? ほら、世界で一番有名な運動会的な奴」


「ああ、あるな。運動会じゃなくて、スポーツの祭典って言ってほしかったけど。それが?」


「あれに参加する選手は、私もすごいと思うんだよ。金メダルを手に入れようとして、一生懸命練習して、努力して。だから尊敬もする。でも、それって、努力すれば手に入るかもしれないっていう、大前提があるわけじゃん? 受験勉強と同じだよ。そういう努力は、確かに必要だと思う。でも、その反対で、どうしたって手に入らないものもあるわけ。そういうものを手に入れようとする努力は意味がないし、馬鹿馬鹿しいって言いたかったんだ」


「ふうん。――努力しても手に入らないものって、たとえば?」


「たとえばって、ほら、私」


 由真が自分を指さした。


「私は、バタバタ羽ばたいたって、ハーピーみたいに空は飛べないし、人魚みたいに海のなかで呼吸もできない。結華みたいな不老不死にもなれないし、お姫様みたいな家柄でもないし、スクールカーストでトップでもない。それどころか最低だしね。私なんて、月の夜に変身して、地面を走りまわるだけの、ただのつまんない狼人間だよ。でも、それならそれでいいじゃん? だったら、私の手のなかにある、権利とか、お金とか、そういうのを自由に動かして、それでできることをやって、そのなかで満足してればいいんだし。もちろん、人に迷惑をかけるのはなしでね」


「なるほど。由真はポリシー持ってるんだな」


 このとき、俺は由真のことを格好いいと思った。


「それにさ、不死街って不死区の中心だから、遊んでても安全で――」


 由真が言いかけ、ちょっと黙って前を見た。つられて俺も見ると、警邏中らしい警官ふたりが歩いてくる。――チタン合金で製造された人造人間、静馬シリーズだった。表皮がゴム製だし、まったくまばたきをしないから、割と簡単に見分けがつく。

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