東京都不死区
渡邊裕多郎
序章 大道寺結華との秘密の吸血・その1
「慶一郎、お話があります」
「あ、大道寺様」
夜、教室で無駄話をしていたら、いきなり名前を呼ばれた。結華の声である。いつものパターンだな。俺が顔を上げるより早く、ほかの男子が結華――大道寺が名字だ――に声をかけた。ほかの男子も結華に目をむける。ストレートロングの黒髪に純白の肌、整った目鼻立ち。たとえるなら夜空に輝く月の光のような美貌だった。相変わらずの人気である。それとは相反して、俺のそばにいた原田由真が怪訝そうな表情になった。
「またきたの? なんの用?」
不思議そうに質問する由真に、結華も柳眉がひそめた。金髪セミロングでカールのかかったワイルドキュート。肌も、やや日焼け気味で、なんとなく、黄昏をイメージさせる。その躍動的な由真の美貌が結華と見つめあった。ふん、と結華がさげすむような声を上げる。
「分をわきまえないナイトチャイルドが、何を高貴なわたくしに話しかけてくるのです? 黙っていなさい」
「何言ってんの? いままで、そっちからさんざん突っかかってきたくせに」
「人には、それぞれ事情というものがあるのです」
「じゃ、その事情というものを説明してくれてもいいんじゃない?」
「あなたには関係ありません」
「それ勝手じゃない? 人に絡むだけ絡んでおいて、都合が悪くなったら他人の振りなんて」
「なんですって?」
「だって本当のことじゃん」
由真の言葉に結華は返事をしなかった。痛いところを突かれて反論できないらしい。そのまま無言で結華が由真をにらみつける。その反対で、由真はポケっとした顔で見つめ返すだけだった。
「あのな」
仕方がないから、俺が声をかけた。
「そういう喧嘩腰のやりとりは、頼むからやめてくれないか?」
俺が言ったら、由真が不思議そうにして、結華が不愉快そうに眉をひそめた。
「私は、普通に話をしてるだけなんだけど?」
「あなたは黙っていなさい。――慶一郎、あなたはわたくしにこらえろと言うのですか? そのナイトチャイルドはわたくしに敬意を払わない不心得ものなのですよ」
「ちょっと言い合いをしただけじゃないか。結華は高貴なんだろ? 聞き流せ」
「我慢できることとできないことがあるのです」
「あそ。じゃ、俺は帰る」
「え」
「喧嘩なんか見たくないからな。今日は早退するから」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
カバンを持って、もう一方の扉から教室をでようとした俺に結華が声をかけた。
「あなたが帰ったら、わたくしは――」
何か言いかけ、結華が悔しそうに口を閉じた。ま、こんなところで本音を言わせるのも問題だろう。
「だったら、喧嘩はなしだ」
「――いいでしょう」
結華がうなずき、由真のほうをむいた。
「喧嘩は中止です。あなたは下がりなさい」
「だから、喧嘩なんかしてないって言ってるじゃん」
「――まったく」
由真の言葉に、結華がため息をついた。
「空気の読めないナイトチャイルドはこれだから。――まあ、それでもいいです。慶一郎、あなたはきなさい」
言いながら、あらためて結華が俺を見据える。怒っているというか、何か我慢しているみたいな顔をしていた。
「やっぱりのパターンだよな。いつも何をやってんの?」
「言ったでしょう。ナイトチャイルドが知る必要のないことです」
由真の質問に、超然とした調子で結華が言ってから、俺と一緒に教室をでた。そのまま廊下を歩く。むこうから歩いてきたゴブリンと唐傘お化けの女子が、結華とすれ違うときに会釈していった。
「ごきげんよう、大道寺様」
「ごきげんよう、大道寺様」
「ええ、ごきげんよう」
結華にあいさつを受けて、ゴブリンと唐傘お化けのふたりがキャッキャ言いながらスキップ混じりに去っていった。
「ね、大道寺様にご返事をもらっちゃった。今夜はいいことあるかも」
「もうあったじゃない。大道寺様にご返事をもらったのよ」
「あ、そうか」
「でも、今夜も大道寺様、あの人と一緒なのね」
「私、聞いたことがあるわ。あの人、少し前に本土から転校してきたんですって」
俺のことだ。
「それで、大道寺様もお気に入りなんじゃないかしら。本土のこと、いろいろ教えてもらえるかも知れないし」
「なるほどね」
俺に聞こえてるということは結華にも聞こえてるということなんだが、結華は無反応だった。そのまま、俺と一緒に女子更衣室の前まで行く。
「ここで待っていなさい」
結華が言い、先に女子更衣室へ入った。入口の前で待っていると、少しして、あらためて結華が顔をだす。
「誰もいませんでした。大丈夫です」
「はいよ」
俺も左右を見まわし、目撃者がいないことを確認してから女子更衣室へ入った。扉の鍵をかける。これで、瞬間移動能力者以外は入ってこられないはずだ。それにしても、女子更衣室ってのは独特な匂いがするもんだな。人に話せることじゃないから普段は黙ってるが。
「わたくし、実は、もう今夜は我慢できなくて」
結華の声は熱っぽかった。見ると、うっすらと頬が上気している。平静を装っているが、よっぽど無理をしていたんだろう。熱にうなされたみたいな調子で結華が俺に近づいてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます