第五章 東京都不死区での決闘・その1

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「まず、いくつか質問をしていいか? いままでの話じゃ、わからないこともあるからな」


 三分後、やっぱり何も結論がでないので、とりあえず俺は訊いてみた。アンディードが冷めた目で俺を見据える。


「なんでしょうか?」


「前に俺と由真がここにきたとき、白いマスクをつけた通り魔に襲われた。あれは、やっぱり?」


「はい。私です」


「そうか」


 つまり、その点については擁護できないわけだな。


「で、なんで由真を狙った?」


「吸血衝動を止められなかったからです。持病を持っている人間が発作を起こすようなものですね」


「だから、なんで由真を狙ったんだ?」


「以前、ここにきたとき、とても生き生きしてましたから。うまそうに見えました」


「ふうん、そういうふうに見えるわけだ」


「だから、狼の姿に戻ってもらったんです。より躍動感のある、いい血液になると思いましたので」


「なるほどね。――それで、血を吸われた場合、その犠牲者はどうなるんだ? いま、ケンタウロスの女性が昏睡状態だって聞いてるけど」


「しばらくしたら目を覚ますと思います。私は、あくまでも吸血鬼の呪詛因子を混ぜてつくられたホムンクルスであって、基本的には混血のダンピールと同じです。純粋な吸血鬼ではありませんから、感染させるような真似はできません」


「そうか、安心したよ。あとあと、面倒なことにならなくてすみそうだ」


「ありがとうございます」


 アンディードが頭を下げた。ホムンクルスは嘘をつけないというから、本気で礼を言ってるんだろう。感染能力もないそうだし、自分は見逃してもらえると期待したのかもしれない。


「あと、これも興味があって質問するんだけど。――エクス学園で何回も会ったよな? 吸血鬼の催眠術で素性を偽って潜りこんだ、というのはいい。ただ、どうしてだ?」


「私だって学校に通ってみたかったんですよ」


「君の外見なら、小学部でもよかったと思うけど」


「大道寺様に会ってみたかったんです」


「へえ。結華にか?」


「結華様もですけれど、それだけじゃありません。高等部の理事長に会ってみたかったんです。私の身体の呪詛因子は、理事長からの提供でしたから」


「あ、そうなんだ。そういえば、結華の親父さんが魔導師街に呪詛因子を提供とか言ってたっけ」


「誰だって、自分の出生を知りたいとは思うでしょう。慶一郎さんもそうだったんじゃないですか?」


「俺はハイブリッドDNAで、いろいろ混ざってるからな。誰が実の親ってことはないんだ」


「そうだったんですか。同じ、つくられた生命体でも、やっぱり慶一郎さんと私は違うんですね」


「科学的につくられた人造人間と、魔導師のつくったホムンクルスだからな」


「でも、死にたくないという思いは変わらないと思います。もし、私を購入してくれるご主人様がいれば、その時点から私はご主人様のために死力を尽くしますが、いない以上は何をしてでも自分の身を守らなければなりません」


「ずいぶんと偏ったロボット三原則だな」


「ここは不死区ですから」


 アンディードが、あらためて、静かに俺を見据えた。


「ほかに質問はあるでしょうか?」


「ふむ」


 俺は少し考えた。


「じゃ、最後の質問だ。君の存在を公にしたら、やはり破棄処分ということになるのか?」


「私の兄弟姉妹は、皆そうなりました。私だけそうならないとは思えません。失敗作のホムンクルスを好んで購入する富裕層も存在しないでしょうし」


「それもそうか」


「最後に、私からも強調して言っておきます。私だって死にたくはないんですよ」


「そりゃそうだろう。気持ちはよくわかる」


 俺もうなずいた。


「ただ、だからって通り魔的に血を吸う犯罪者を見逃すわけにも行かないからな。難しい問題だ」


「本当に慶一郎さんはお優しいんですね」


 アンディードが俺を見つめた。


「私と違って慶一郎さんは嘘をつけるんだから、誰にも言わないと言って、私を騙すこともできたのに」


「そんな嘘をついても、君が信用してくれるとは思えなかったもんでね」


「なるほど、それもそうですね。で、どうするんですか?」


「そうだな。――これは俺からの提案なんだけどな。これからは、俺の血を吸ってくれないか?」


 俺の言葉に、アンディードが意外そうな顔をした。


「いいんですか?」


「かまわない。血を吸われるのは慣れてるし、ほかに犠牲者がでるよりはましだろう。それから、君をつくった魔導師街の人たちと話をしてみたい。俺が君を使用人として購入するから。人間ひとりの面倒を見るのと同じだから、相当なローンを組むとは思うけど。でも、誰かが買うって名乗りでたら、君だって失敗作として破棄処分されることにはならないと思うし」


 これが俺からの、いま考えつく、精一杯の提案だった。アンディードが、少し首をかしげる。


「それは、私としては、とても嬉しいお話です。助かるのでしたら、なんでもします」


「ま、かなり長い間は貧乏生活になると思うけどな。それでいいか?」


「慶一郎さんが約束を守ってくれるなら」


「わかった」


 俺はアンディードに笑顔をむけた。


「じゃ、まずは警察に行こうか」


「――は?」


 俺に釣られて笑いかけたアンディードの表情が変わった。


「なぜ警察へ行くのですか?」


「通り魔事件で血を吸ったからに決まってるだろ? 犯罪を働いたんだから、その点については、きちんと蹴りをつけないと。君を購入するしないっていう話は、そのへんの話が解決してから、もう一度」


「あの、ちょっと待ってください」


 あわてたみたいにアンディードが口を挟んだ。

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