第一章 東京都不死区への転校・その4
「だけど、珍しいね。人造人間なんて」
席も決まってないから、担任の先生がくるまで教室の後ろにいようと思った俺に、由真が声をかけてきた。俺のことを上から下まで見る。俺に言わせれば、目の前にいる狼人間女子高校生のほうがよっぽど珍しいんだが。
「それで、やっぱり、普通の人間とは違って、何かすごいことができるの?」
「まあ、少しは。――そうだな。ちょっとだけパフォーマンスするか」
俺は少し考えて、学生服の左袖をまくった。ワイシャツのボタンも外して、それもまくる。由真が目を凝らしながら俺の腕を見た。
「なんか、近づいて、よーく注意して見ると、蜘蛛の糸みたいな、細ーい筋が走ってるね」
「そこで接続されてるんだよ。見ててくれ」
言いながら俺は左の手首に集中した。――神経系の情報伝達、遮断。血液関係の循環、停止。組織面、閉鎖。物理接続、解除。
「こんな感じだ」
俺は右手で左手を握った。がぽん、と音を立てて、左手首から先がとれる。目の前で見ていた由真が目を見開いた。
「痛くないの?」
「きちんとした着脱手順を省略して、いきなり外したら俺だって悲鳴を上げてるよ」
俺は外していた左手首を、あらためて接続した。がちゃん。さっきとは逆の順序で、手首の接続を意識する。数秒して、指先の感覚が戻ってきた。
「言っておくけど、これは見世物じゃないから、リクエストされてもアンコールはなしだ」
俺は軽く左手を動かしてみた。よし、ちゃんと動く。由真がおもしろそうな顔で俺の手首を眺めた。で、ちょっとして俺の顔も見る。
「じゃ、あれだ。慶一郎って、フランケンシュタインの怪物なんだ」
「フランケンシュタインの怪物って――」
否定的な言葉を口にしかけ、俺は考えなおした。べつに否定するようなことでもない。
「そうだな。それでいい。俺はフランケンシュタインの怪物だ。天然のモンスターじゃないけど、人間でもない」
「そうなんだ。じゃ、やっぱり、フランケンシュタインの怪物みたいにパワーもすごいの?」
「パワー設定は、チンパンジーと腕相撲ができるくらいかな」
「なんだ、大したことなさそうだね」
「で、俺、まだ、不死区のこと、よく知らないんだけど」
俺は話題を変えることにした。今度はこっちが質問する番である。
「さっき、結華が、ずいぶんと由真に突っかかってたよな? 何かあったのか?」
何しろ、エクス学園の理事長の娘と揉めていたのである。同じ教室なんだから、とりあえず聞けることは聞いておくべきだと俺は考えていた。
俺の質問に、由真が困ったような顔をした。
「結華って、吸血鬼なんだよ。しかも、この不死区の区長の孫娘で、この学園の理事長の娘でさ」
「うん。それは俺も、ここにくるときに聞かされた」
「それで、一年のころさ、私と結華って、同じクラスだったんだけど、私が狼人間だって知ったら、なんか、急に偉そうな態度で話しかけてきてさ。あなたはナイトチャイルドなんだから、わたくしの言うことを聞きなさい、だってさ」
前々から気になっていたけど、わからない単語がでてきた。
「ナイトチャイルドって?」
「私もわかんないから訊いたら、吸血鬼の配下になってる狼とか蝙蝠のことだって。昔、なんとかってドラキュラ映画で、狼のことをチルドレンオブザナイトだかナイトチルドレンだかって呼ぶシーンがあったとかでさ。それで、その単数形だから、あなたはナイトチャイルドだ。だから高貴なるわたくしの命令を聞いて、いつもそばにいなさいなんて言ってきて」
「へえ」
そんな言葉があるとは知らなかった。――あとで調べてわかったことだが、一九三一年に公開された映画「魔人ドラキュラ」に、確かにそういうセリフがあった。ずいぶんと古い映画だが、おそらく結華は自分が吸血鬼であることを誇りに思っていて、そういうクラシックな映画を見たんだろう。
「それで?」
「断ったよ丁寧に」
苦笑しながら由真が両手を上げて、やれやれみたいなポーズをとった。
「ほら、スクールカーストって言うの? あれで言ったら、結華が一番だっていうのはわかってるよ。そのそばにいたら、私も仲間に入れたかもしれないけどさ。でも私、そういうキャラでもないし。スクールカーストのトップで偉そうにしていても、楽しいのかどうか、よくわかんなかったし」
「ふうん」
確かに、少し話しただけだが、由真は自由に生きているほうが似合ってるな、と俺は思った。
「ただ、それっきり、なんだかみんな、私とは疎遠になっちゃったけどね」
ここで由真がクラスのなかを見まわした。つられて俺も周囲を見まわす。ここで俺も気づいたが、みんな、見て見ぬふりって感じだった。そういえば、結華と由真のやりあいに、とめに入る手もなかったな。
「なんでだ?」
「スクールカーストのてっぺんにいる結華と揉めたみたいになっちゃったからじゃない? 私は普通に話をしてるんだけど、結華のほうがむきになっちゃって。それでこんな感じ。やだよね、こういうの。世のなか、平和で仲良くするのが一番なのに」
「さっきから聞いてたけど、ずいぶんと平和主義なんだな」
「え、そう?」
「俺、獣人類は、もっと戦うのが好きなんだと思ってた」
「あ、その話か」
感心しながら言ったら、由真が困ったみたいな感じで苦笑した。
「男のなかには、確かにそういう人もいるけどさ。でも、ほら、私って女だし。いつかは、誰かと結婚して、赤ちゃんを産んで、お母さんになると思うし。そのときに、世のなかが戦争してたら、ちゃんと子育てできないじゃん? だから平和が一番なんだよ」
「あ、なるほどな」
なんだかんだ言って、やっぱり由真も獣人類で野性的なんだな、と俺は思った。
ただ、その野生の本能が、闘争本能や狩猟本能じゃなくて、母性本能に注がれてしまっているのである。
「だから私、話をする相手もいなくて寂しくてさ」
「そうだったのか」
俺は俺で特別だったけど、由真にもいろいろあったらしい。
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