第二章 謎の通り魔と遭遇・その8

 五分後、ひと通りのスペアがあることを確認した俺はパーツ屋をでた。


「待たせたな――?」


 俺は由真に言いかけ、べつの通行人に気づいた。由真が、その通行人と正面から見つめあっている。


 通行人は、黒いワンピースを着た大道寺結華だった。眉をひそめてにらみつける結華とは対照的に、由真は不思議そうな顔をしている。


「なんで結華がここにいるの?」


「何を言っているのです? ここは不死街で、わたくしは吸血鬼です。ここにいて、おかしなことなど、何もないではありませんか。そういうナイトチャイルドのあなたこそ」


 ここまで言ってから、結華が急にこっちをむいた。俺が店からでてきたことに気づいたらしい。由真と対峙していた流れからか、柳眉をひそめたままである。


「ごきげんよう、慶一郎」


 結華があいさつをしてきた。ちっとも機嫌がよさそうに見えない。


「あのさ、だから、なんで結華がここにいるの?」


 由真が、ふたたび由真に質問してきた。うるさそうに結華が由真に眼をむける。


「ですから、ここは不死街で」


「そうじゃなくて、なんで私の目の前にいるのかって訊いてるんだけど」


 当然とも言える由真の疑問に、結華が少しだけ口ごもった。


「――それは、べつに、あなたのことではなくて」


「あ、それは、たぶん俺がいるからだろうな」


 とりあえず、俺が説明することにした。由真が結華から目を逸らして俺を見る。結華は悔しそうに唇を噛んでいた。


 俺は自分の頭を指さした。


「俺たち人造人間は、ビーコンって言ったらいいのか、特有の電波が定期的に発信されてるんだ。だから、羽佐間シリーズで検索すれば、あとは簡単に位置がわかる。カーナビとか、スマホの位置情報サービスみたいなもんだな」


「へえ」


 由真が、少し感心したような顔をしてから、不満そうになった。


「それってプライバシーが漏れてるってことじゃないのか?」


「普通の人間ならそうかもしれないけど、俺はそうじゃないし。それに、べつにばれたら困るようなことをしてるわけでもないし。――いや、やっぱりビーコンとめようかな」


 パーツ屋でチューニングすれば、ビーコンは簡単に停止できる。そもそも、本来の羽佐間シリーズはビーコンを停止させて現場に投入される決まりになっていたはずだ。なんとなく言っただけなんだが、ここで結華が顔色を変えた。


「それはなりません。慶一郎は、いまのままでよいのです」


「なんで結華が慶一郎に命令するの?」


 そばに立っていた由真が結華に質問してきた。まあ、この質問も当然だろう。結華が悔しそうに由真をにらみつける。


「そんなこと、あなたのようなナイトチャイルドには関係のないことです」


「あ、そう。じゃ、仕方ないね。話したくなったら話してよ」


 言って、由真が結華に背をむけた。そのまま俺に近づいてくる。さっきと同様に、俺と腕を組んできた。


「じゃ、帰ろうか慶一郎?」


「ちょ! 慶一郎に何をするのです!?」


「何って、何も? 私は慶一郎と帰るだけだし、結華も関係ないって言ってたじゃん? だったら、私だって好き勝手にやるし」


「あなたは無関係で結構です! ただ、慶一郎は――」


 ここまで言い、結華が、何やら苦悶の表情で口を閉じた。由真が俺の横で首をひねる。


「慶一郎がなんだって言うの?」


「――慶一郎は、わたくしのお爺様が不死区に招き入れた人造人間です」


「それは聞いてるよ。でも、それって結華のお爺さんが招き入れたってだけの話じゃん? 結華は結華で、お爺さんはお爺さんだと思うけど。いま、私は、エクス学園の、同じクラスの、友達の慶一郎と一緒に帰るんだから」


 横で聞きながら、これは由真の言っていることが正論だろうと俺も思った。結華も同じ判断をしたらしく、悔しそうに由真をにらみつける。


「それは――」


「というわけで、行くよ慶一郎」


 言い、由真が俺と腕を組んだまま、グイグイひっぱっていった。ちらっと後ろをむくと、結華が俺を見ている。なんだか、少し悲しそうに見えた。――ちょっとだけ考えたが、俺も帰ることにする。明日、またエクス学園で会うんだから、言いたいことがあるなら、そこで聞けばいい話だ。


 不死街をでて、エクス学園の寮まで歩いている最中、由真が俺を見上げてきた。


「あのさ、本当に、毎日、結華と何をやってるの?」


 俺が結華と一緒に、定期的に教室から離れることを言ってるんだろう。


「ま、いろいろあってな」


「ふうん。結局、こたえてくれないんだ」


「誰にだって秘密のひとつやふたつはあるもんだ。それこそプライベートな話だぞ?」


「あ、そうか。じゃ、仕方がないね。じゃ、私もこれ以上は訊かないから――」


 そこまで言い、いきなり由真がバランスを崩した。どうも、急に立ち止まって、かまわず歩いている俺にひきずられかけたらしい。慌てて俺も立ち止まった。


「どうしたんだ?」


「いや、あのさ」


 由真が、俺の腕に自分の腕を絡ませたまま、視線を変えた。


「私たち、エクス学園の寮に帰ってたんだよね?」


「あたりまえだろう」


「じゃ、ここ、どこ?」


「は?」


 言われて俺も周囲を見まわした。――住宅街のはずだったのに、住居の明かりがない。まるで廃墟みたいな、古びた家が並んでいる。いや、それ以前に、地面がアスファルトじゃなくなっていた。俺たちが立っていたのは、山奥の、廃村の一角のような場所だったのである。


「空間歪曲? いや、迷路通りじゃあるまいし。それに、忘却の時刻の発生率は十パーセント以下だって言ってたし」


 なんだかよくわからないことを由真がつぶやいた。不死区の自然現象か何かを言ってるんだと思う。


「どういうことだ?」


「あ、あのさ、今日、こういうのは起こらないはずなんだよ。だから、誰か強い魔力を持った人が強制的にやったんじゃないかって思って――」


 言いかけ、急に由真が口をつぐんだ。俺と組んでいた腕を離す。


「うん? どうした?」


 不思議に思って質問したが、由真は返事をしなかった。そのまま、フラフラと歩きだす。――後方から見ていたが、なんだか急に由真の身長が伸びたような気がした。その身体が見る見るうちに黒い獣毛に覆われていく。一応、両足で歩いているんだが、姿勢が前傾になっていった。


「おい、由真?」


 やっぱり返事はない。俺が近づいて横から見ると、由真は完全な狼の顔になっていた。これが由真の、獣人としての、本来の姿か。それはいいが、その目つきが朦朧と宙を泳いでいる。きちんと意識があるようには見えない。


「由真、どうしたんだ」


 仕方がないから由真の正面にまわり、俺は由真の両肩をつかんで軽く揺さぶってみた。少しして、由真が、はっという感じでまばたきをする。


「あ? 慶一郎?」


「おう。気がついたか」


「気がついたかって、何が――え、あれ!? 私、なんで完全に変身しちゃってるの!?」


「いや、そんなこと、俺に訊かれても」


 訳がわからないまま返事をしかけ、俺は狼と化した由真が、もう俺を見ていないことに気づいた。俺の後方に目をむけている。


 なんだと思い、俺も振り返った。同時に、暗闇から人影が姿を現す。


「――これは、また典型的な正体不明だな」


 俺はあきれながらつぶやいた。黒いマントを羽織って、顔には白いマスク。両目の位置に穴があいていて、そこから感情のない瞳が俺たちを凝視している。敵意があるようには見えなかったが、友好関係を築こうと思っているようにも見えなかった。


 要するに、謎の相手である。

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