第37話 母と娘~彼方の約束~
「イザナル様、エルリック、来ないでくださいまし!これはお母様のなされたこと。だから私が終わらせなけれないけないのです!」
そう言いながらも、ショウエルはほぼ全身を舐めるように黒いものに包まれていき続けた。
その下から漏れる神聖文様の輝きはぼやけ、すこしずつ力を失っていくようだった。
「終わるのはおまえだというのに潔い娘だこと。ではそれに免じて教えてあげましょう。____そこの廃嫡子と化物は動かないで頂戴。でないと『力』がこの娘の体をねじ切るわ」
くっと悔しそうにイザナルが足を止める。
エルリックも唇を噛んだ。強く噛みすぎたのか、血の滴が顎の上を滑っていく。
それを見て、フレンジーヌは満足そうに目を細めた。
「この国はもともと我が一族、クエンティン家のものだったのよ。ヴィーゲル家など、今でこそ王家などと名乗っているけれど、ただの宮廷貴族だったわ。それを我が一族の政治はこの『力』を使った恐怖政治だとか、平民にも権利を与えよなどというくだらない理由で戦争を仕掛けてきたのよ」
「民に自由を与えない王など良き王ではない。それに、王朝の交代などよくあることだ」
「そうね。よくあることね。でも失脚させられた方はそうは思わないのよ。恨みは連綿と語り継がれ、何十年後、何百年後でもいいから国を取り戻すことを夢に見る……」
唄うように言いながら、フレンジーヌは天を仰いだ。そして、またショウエルたちへと視線を戻す。
「『力』はクエンティン家の国家支配のための武器。けれどそれをヴィーゲル家に封じられて、クエンティン家は王の臣下に成り下がった。____この国にはある年代の歴史書がないことには気づかなかったかしら。そこにはクエンティン家にもヴィーゲル家にも都合の悪いことが書いてあるから……みな、燃やされたの。
でも私たちは忘れなかった。私の家の書庫には、焚書から見逃された本が一冊残されていた。おじいさまはそれを解読し、私を『力』に順応できるよう育て上げたわ。心も、体も。そして私を、王宮への気ままな出入りを許されているハイレッジ家に嫁がせ…………私たちの国を再興させようとしたのよ」
「やはり目的は王権簒奪か……」
「いやだわ。正当な持ち主への返還要求と言って頂戴な。
それに、途中まではそれが目的だったけれど、今ではもう違うのよ。これはあの方との大事な約束。約束を守り続ける限り、あの方は私の中に生きておられるわ」
くすりとフレンジーヌが笑った。
「そう。おじいさまの誤算はたった一つ、私がハイレッジ様を本当に愛してしまったこと。もしもあのままハイレッジ様がおられたら、私は国など欲しがらず、平凡な貴族の妻として老いて死んでいたでしょう。そのためにおじいさまを殺したくらいですもの」
「お母様がひいおじいさまを?!家族を殺すなんて、そんな……」
「我がクエンティン家にとって血によるつながりなど布一枚より薄いわ。それに、私はずっとハイレッジ様のおそばにいたかったのに、早くやれとおじいさまが急かすから……。でも、王権を狙うような女だとわかったら、きっとハイレッジ様に嫌われてしまうでしょう?それだけは嫌だったの。
幼いころからどれだけ面倒を見てくださったおじいさまでも、私の幸せを壊す者は敵だわ。敵ならば殺さなければ」
当然でしょう?と言わんばかりのフレンジーヌの顔を見てエルリックが吐き捨てる。
「魔女め……!」
「まあ、エルリック、おまえこそ化物のくせにずいぶんないい方ね。
さあ、そろそろ終わりにしましょう。まずはこの娘の骨の砕ける音から……」
そこまで話した時、はじめてフレンジーヌは笑顔の裏に隠されていた本当の顔を見せた。それは狼狽しきった顔だった。
「なんなの?!どういうことなの?!」
ショウエルを包んでいた黒いものが、まるで煙のように消えていったのだ。
その上、黒いものが消えたあとのショウエルの体にもドレスにもしみ一つなく、先程までの禍々しい光景がまるで嘘のように思えた。
「お母様、『本』を持っているのはお母様だけではないんですの」
ショウエルが悲しげに微笑む。
「それに、約束をしたのも」
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