第7話 おとぎばなしの王様のおはなし

 岩だらけの山の中腹で男たちが旅営をしている。


 一見山賊のようだが、武装や顔立ちを見ればそうではないのがよくわかる。

 雑多な言葉遣いの中にもある規律。よく手入れされた武器。

おそらく彼らはそれなりに名のある傭兵団だろう。


 ざわざわと食事や雑談をするその男たちの中から離れて、岩の突端に黒髪の男が立っていた。

 年のころは青年。カームラと同じくらいか。

 肌は日に焼け、旅装も砂埃や汚れでくすんだ色をしていたが、それでもその表情にはどこか冒しがたい威厳があった。

 髪と同じ色の切れ長の瞳は黒耀石に似ている。深く、そして鋭い切れ味の黒。


 山風が髪を激しく乱し、ガラガラと石の落ちる音の絶えないガレ場。

 それでも男はそこでまっすぐに立ち、遠くを見ていた。


 ただの遠くではなく、遙か、遙か、遠くを。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「時が、来た」


「またなにをおっしゃいます、イザナル隊長。そういう格好のいいセリフはお貴族様たちのもんでね、俺たちみたいな傭兵団にゃあ似合わねえってもんです」


「隊長の貴族癖は母上譲りさ。なにしろ前国王の寵姫さまだったんだからな」


「あの糞カームラさえいなきゃ隊長が国王だったんだぜ。

 そうだろ?この国の決まりじゃ王の血を引く長子が王位を継ぐ。

 母の血なんて関係ねえ。先に生まれた方が王なんだ。

 それをなんだ。正妃じゃねえだのとなんだのと」


「隊長の母上だって立派な貴族だったじゃねえか。それに___」


「もういい。おふくろにも親父にも立派な墓を作った。それでいい」


 隊長___イザナル・イ・リ・ナルリア___は男たちの輪に戻り、

「それより、酒をよこせ」と副官に向かって手を出した。

 軍装を身に着けていなければとても兵士には見えないような、穏やかな顔つきの副官が金属の杯を差しだす。そこには強い酒がなみなみと注がれていた。


「どうぞ。隊長。で、今回はどんな仕事で、どこからの依頼なんです?」


「俺たちは戦争屋だぜ。そんなことどうでもいいだろうがよ」

「そうだ。俺たちはただ弾を込めて引き金を引くだけ、銃剣を向けて貫くだけ、それが誰だろうがな」

「俺には小娘を殺らせるのだけは勘弁してくれ。仕送りに子供の血はつけたくねえ」

「安心しろ。そのときは俺が変わりにやってやる。少しは供養になるだろうさ」

「殺しといて何が供養だ」

「おまえにゃあわからねえ世界だよ。あの子の友達をいっぱいあの世に送ってやるんだ。父ちゃんも母ちゃんもいねえんじゃ寂しいだろうからなあ」


「依頼者は、この国だ」


 好き勝手なことを言い散らしていた傭兵たちが、イザナルの一言でぴたりと黙った。


「隊長、それはどういうことです?」


 副官がイザナルに問う。

 さすがに、酒の上の冗談だとは思えなかった。


「カームラ王からなんらかの依頼があったと?しかし、奴は隊長を__」


「違う。この国そのものだ。時が来たと言ったろう?このままではこの国は亡びる」


「しかしカームラは最低な男ですが暗君ではありません。いまのところ、飴と鞭の政策を駆使して、外政、内政ともうまく行っております。悔しいですがこの国に亡びる要素は1ビリングもないかと……」


「カームラなどは問題じゃない。もっと途方もない力と狂気を持った女がこの国を___」


 イザナルはそう口に出してから、やめた。

 廻りの部下たちの顔色の変わりようを見たからだ。


「___信じなくてもいい。これがわかるのは『王の血』を持つ者だけだ」


「しかし、ではなぜカームラは気づかないのです?奴も王だ」


 副官だけは、イザナルの言葉にも動じず聞き返した。

 イザナルとの一番古い仲間の一人である彼は、イザナルとともに様々なものを見聞きし、様々な物と戦ってきて来たからだ。

 たとえ同じ傭兵団の仲間でも、新参の者は未だに古参兵たちの冗談だと思っている神話の怪物のような物と戦ったこともある。


「おまえたちも言ったろう?この国では王となれるのは長子だけだ。それは王位継承だけの問題じゃない。

 この国がここまで発展したきた力の大元、男も女も関係なく、王の長子にだけ『王の血』が受け継がれるからだ」


「じゃあなんでカームラは隊長を放逐したんで?」


「馬鹿だからこの話を聞く前に親父とおふくろと先妃を殺し、王宮を乗っ取ったんだろう。そもそも次子の奴には関係ない話だから、親父は聞かせる気もなかったのかもしれん。

 だが俺はずっと昔からおふくろから聞いていたよ。国王の本当の務めはこの力でこの国を守ること。そして、『何か』は俺の代で必ず現れるとな」


「お伽噺ですな」


「ああ、お伽噺だ。だが俺はおふくろを信じる。先刻も声が聞こえた。

 もう、猶予はないと」


 イザナルが盃を置く。


「だから今回の任務についてくるかこないかはお前たちの自由だ。

 どこからの援護もないし、報酬も保証されない。失敗すれば反逆者だ。いまならまだ俺を放任しているカームラも、本気で潰しにかかって来るだろう。

 安心しろ。お前たちは俺の保証付きの傭兵たちだ。俺から離れてもどこからでも引き合いが来る」


「で、成功すればどうなるんで?」


 ハハ、とイザナルが笑った。


「御伽話の成就だ。俺は国王になり、美しい妃を娶り、お前たちを親衛隊に任命し、死ぬまで幸せに暮らすのさ。救国の英雄と呼ばれながらな」


「名誉も爵位もくださるんですかね?」


「やるさ。たとえばおまえはゼーファック公爵。

 どうだ?俺と同じように長ったらしい貴族名もくれてやる」


「そいつぁたまらねえ!貧乏肉屋の息子が公爵様か!」


 ゼーファックがパチパチと手を叩いた。

 それを見て、他の傭兵たちも「俺は侯爵!」「俺は男爵ぐらいでちょうどいい」と楽しげに話しだす。


 イザナルはそれを目を細めて見ていた。幸福そうに。


「さて、夜明けだ。出立するか。_____今まで世話になったな」


 イザナルが笑った。

 初めての、歯を見せての笑顔だった。


「じゃあな」


 イザナルが立ち上がると、部下たちが無言で武装を整え始めた。


「……?!お伽噺についてくる必要はないと言ったろう?」


「公爵様にしてくださるって話は嘘だったんですかい?」


「救国の英雄になれるっていうのも」


「あいつらを止めろ、副官。1対100万の戦いになる。俺の呪われた血に巻き込む必要はない」


「祝福された血でしょう。しかし私もみくびられたものです。隊長の副官として能く仕えてきたつもりでしたが、まさかそんなことを隠されていたとは」


 ガチャリと音を立てて副官が軍装を背負う。


「さて、隊長とは何度も地獄に付き合いました。もう一回ぐらいなんてことはありません。そのかわり、依頼が成功したら飛び切り美人の嫁さんの世話を頼みますよ。

 なあ、おまえら、そうだろ?隊長がこれまで策を間違ったことはあったか?」


 ない、ねえ、聞いたことがねえ、とそこここから声が上がる。


「私たちはこれでも古強者の傭兵だと自負してます。それに隊長の言うその『王の血』が加われば……私は、1000と1人対100万の戦いぐらいにはなると思いますよ。

 さあ、隊長、命令を!」


 副官が凛、と声を上げた。

 イズナルが何度も戦場で聞いた、この世で一番信頼の置ける声だった。


「___馬鹿野郎どもめが!」


 そう、ひとこと、愉快そうに罵ってからイズナルが姿勢を正す。


「命令!王都と正当な王位の奪還!そして我らが国を奪わんとするものを叩き潰す!」


 ウォーッと鬨の声が上がった。

 ためらうものなど誰もいなかった。


「まずはショウエル・スプリングス・デ・ターリア・ハイレッジ姫を助け出せ!」


「なぜ?!」


「あの鬼姫を?!」


 ショウエルの悪評はすでに国中に広まっていたのだ。

 残酷、苛烈、美しいだけの人の心をもたない鬼姫。

 それゆえに残酷王カームラの寵愛を受ける者。


 だが、その非難の声を聞いてイザナルは首を振る。

 そして、確信に満ちた声で言い放った。


「あの方は鬼姫ではない!詳しいことは道々話す!いいな!」

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