第25話 鉄と炎

ドン、という重い音が響いた。


それを口切に、続けざまの爆発音。


衛兵や、邸内を巡回していた護衛兵たちが音の方へ走っていく。

その中の一人の兵士が立ち止まり、ショウエルたちの馬車を止めた。


「王宮へ向かう貴族の方ですね?」


「ええ。私はこちらのお二方の従僕です。何があったのです?」


「こちらにもまだはっきりしたことは伝わっておりません。ただ、音から察するに何かが爆発したのではないかと_____。どうぞ早く城内へ。こちらは危険でございます」


「承知しました。御者を急がせましょう」


「お気をつけて!」


「そちらこそ、ご武運を」


 駆け抜けていく兵士たちとは反対方向に馬車は進んでいく。


 馬車は門からは遠ざかっているはずだが、それでも絶え間ない爆発音と、


「火事だ!」

「違う!魔女が現れたんだ!」

「逃げろ!」

「王が親殺しなんかするからだ!この国はおしまいだ!」


 等々の叫び声が聞こえてくる。


 それははじめは攪乱作戦のために配置されたイザナル傭兵団の斥候たちの声だけだったが、すぐにそこに女や子供たちの悲鳴が混じり始めた。


 作られたものではない、本物の混乱が城下を支配しようとしていた。



              ※※※



「しかし、隊長、王宮だけを落としても無駄なんじゃ?」


 襲撃の前日の晩、最後の作戦を詰めていた幹部がイザナルに問うた。


「そうでもない。……副官、この国の兵站について話せ」

「は。近隣国とは友好を保っておりますゆえ、国境警備に訳3割、残りの6割は補給処と各駐屯地に、そして___王宮警備は約1割となっていると推測されます」


「この国が恐れているのは内乱ではなく外敵からの攻撃だ。それさえも100年続いた平和によってほぼ形だけのものになっている。正規兵でかつての戦争を経験したことがあるものはもういないはずだ」


 そして、イザナルが地図の中の王宮を指差す。


「つまり、ここを落とせばこの国は落ちる。これまでは王の血の力の守護もあったが、カームラにはそれもない」


「この作戦はこの国と同じように高貴な方の力で国を保ってこられた国家の軍備を参考にしております。その御国でも、かの方の宮を守る兵士は駐屯地の兵士より数少ないとか」


「尊いものを地に落とすのは誰しも本能的に嫌悪感を抱くからな」


「ただし、それには速度が肝要です。隊長のおっしゃる通り、できるだけ城下への被害を避け王宮を落とすことを目指すのならば、各地域の駐屯地から兵士が王都に向かう前にすべてを終えなければなりません。さすがに物量では我々が不利だ」


「大丈夫だ。おまえたちならできる」


 イザナルがニッと笑った。


「おまえたちは地獄を何度潜り抜けた?戦友を何度埋葬した?

 あのひ弱な貴族の姫君さえ今回のいくさには参戦する。傭兵の勲功が姫君以下では生涯の恥だぞ」


 は、と傭兵たちが次々に敬礼する。


 そして、各々、翌日への準備を始めた。



               ※※※



「どうだ、言った通りだろう。人は火に弱い。そして、声の大きい人物にも。冷静に考えればこの程度の爆発は大したことはない。できるだけ無関係な人間には被害が及ばないように指示したからな。それがどうだ。今ではまるで焼けた銅板の上で踊る猫だ。叫び声につられ、皆どんどん踊り出す」


 イザナルが背後を一瞥して荷台の兵士たちへと声をかける。


「いいか、斥候たちはうまくやった。ここからは俺たちの番だ。あいつらのしでかしたことを無駄にしないよう、各自、もう一度作戦を叩きこんでおけ。『王の血』があるから大丈夫なんだと油断するなよ。俺もお前たちも、いつものように戦争をして、いつものように勝つ。それだけだ」


 そして、はじめての戦場の音に触れ、両手をぎゅっと握りしめ、かすかに震えているショウエルへと向き直った。


「姫。嫌な音を聞かせて申し訳ございません。できる限り、城下の市民、建物、下級兵士たちには被害が及ばないように指示しております。彼らにはこのような王権の争いは関係のないものですし、この国はそもそも勤勉な市民によってなりたっておりますから……」


「賢明な判断ですね。大量の血を流す武力による収奪戦は必ず禍根を残す。どれだけの平和主義者でも、親を殺され、妹を殺されれば、殺した人間を許さないでしょう。我々ブロォゾ一族がそうでしたから、よくわかりますよ。____あなたは賢い。今後の治世にも今回の攪乱戦はほぼ影響を及ぼさないでしょう」


「いや、俺はおまえが思うほど賢くない。そんな小難しいことも考えてはいない。ただ、無駄な人殺しが嫌いなだけだ」


 ショウエルからエルリックへと視線を移し、イザナルが訥々と語る。


「俺たちは傭兵だ。戦って死ぬことにためらいを覚えない職業だ。それも強制されたわけじゃない。自分で選んだ。それはこの国の兵士もそうだ。この国には徴兵制がない。ということは、あいつらは皆、殺し、殺されることを承知で入隊してるんだ。金や名誉や出世や……いろいろな理由はあろうが、畑を耕す農夫を選ばなかったのは彼ら自身だ。

 だがこんな内戦になんの名誉がある?最前線の歩兵になんの思想がある?もっと言えば、兵士ですらない商人や学者たちになんの責がある?だから俺たちは、そいつらに命令を与える、この国の大元だけを叩き潰すためのいくさをする」


「____負けましたよ。今後、あなたと戦っても勝てる気がしない」


 エルリックが苦笑いを浮かべて、窓辺へと眼差しを移した。


「エルリック!」


 つい、とショウエルがエルリックの袖を引く。


「はい?いかがされましたか?」


「だめよ。イザナル殿と戦おうなんてことしては」


「何故です?」


 問い返すエルリックの目に少し悲しそうな光がよぎる。


 これまでずっと大切に守ってきた少女。

 その少女はすでに無意識のうちにイザナルを選んでいるのかと____ただ、無垢ゆえにそれに気づかないのかと____。


「怪我をしたら痛いでしょう!わたしが駄目だと言ったのに、あなたが馬鹿なことをして傷だらけになっても、私はお見舞いにも看病にもいっさい行きませんからね!

 イザナル様にも僭越ながら同じことを申し上げます。もしも二人で決闘などをはじめたら、どちらも傷が治るまで、藁布団に寝かせて差し上げます!」

 

 両腕をぎゅっと腕組みし、ぷくんと頬を膨らませて、ショウエルが二人の顔を交互に見つめるのを見て、まず、エルリックが吹きだした。

 そこにかすかに安堵がにじんでいたのは、おそらくその場の誰も気づいていなかっただろう。


「それは恐ろしい。できるだけお控えします」


「できるだけ、というのが不安だけれどまあいいわ。殿方にはどうしても名誉を守らなければいけないときがあると聞いているし……。イザナル様は?」


「姫のおっしゃる通りに。もし姫の騎士とやりあうときには、姫にきちんと『なぜ戦うか』をご説明して、お許しをいただいてからにしましょう。姫のおっしゃる通り、男には『名誉』などという厄介なものがついてまわるもので」


「ならよかった。わかってくださってありがとうございます」


 先程まで硬い表情をしていたショウエルが、ふわっと笑って両手を打ち合わせる。

 これまでは爆音や走っていく兵士に怯えていたようだが、いつものような会話をすることで自分を取り戻したのだろう。


 車中でそんな会話をしているうちに、王宮の入り口の前に馬車が停まった。


 城と金色のコントラストが美しい、豪壮な扉。

 それはまるで、何物も拒絶するように高く冷やかに控えていた。

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