第24話 静かな開戦

「エルリック、刃物を貸して頂戴な」


 ガタガタと揺れる馬車の中、無邪気にショウエルに頼まれ、エルリックは大きく首を振る。


「それだけはいけません!ショウエル様の手に直に刃を握らせるなど……。そのようなことをさせるくらいなら私が代わりに手を下します!」


「違うわ、エルリック」

 ふふっとショウエルが笑う。


「わたしはそんなに自惚れていないわ。今まで何一つ自分で勝ち取ったことのない女ですもの。この文様があったとしても……あなたたちのように剣や槍を使えるとは思っていないわ。先ほどイザナル様にお借りした銃がせいぜいよ。

 ____ドレスの裾を切りたいの。あなたたちの足手まといにはなりたくないわ」

「しかし……」

「エルリック、命令よ」


 にっこりとショウエルに見つめられて、エルリックはため息をつきながら佩剣を手渡す。


「ショウエル様、お強くなりましたね」

「お母様の娘ですもの」


 その言葉の中に、幾分誇らしげな響きを感じ取り、エルリックとイザナルはさりげなく目線を合わせる。


 彼らはここにいるショウエルが、文様のためだけに利用されている偽物のハイレッジ家の娘だと知っている。

 

 ショウエルのいない隙にエルリックがイザナルに、「何故同じ顔の娘を作れたのか」と問うたこともあったが、イザナルはこともなげに「この世にはその程度の魔術はいくつも存在する」と答えた。

 ただ、どちらかの娘は記憶や体の一部や、なにがしかの代償を取られたはずだ、と。


 いまここにいる偽物のショウエルから奪われたのはそれまでの人生の記憶なのだろう、とも。


「しかし私はフレンジーヌ様よりショウエル様を敬しておりますよ」

「まあ。気を遣わなくてもいいのよ、エルリック」

「いえ……時に、優しくあることは、強くあることよりも難しい。強風の中で折れないのは、大木よりもよくしなる小枝です」

「あら、ではわたしは小枝?」

「はい。青々とした葉に満ち、これから何本もの枝を茂らせる美しい枝です」

「まあ……」

 ショウエルの頬がぽっと染まる。


「イザナル殿もそうお思いでは?」


「ああ。姫は美しい。そして美しさというのは、以前に姫が言った通り、姿かたちで決まるものではない。姫、あなたは姫の騎士の言うとおり、純白の絹です。一滴でも汚れがつかぬよう、対の文様所持者として……そして、それ以外の思いからも……姫をお守りいたします」

 

 イザナルがショウエルへと深く頭を下げた。


「まあ!次期国王陛下がわたしごときに頭を下げないでくださいまし。

 ……あ、やはり頭をお上げにならないで!今から裾を切りますの!終わりましたらお声をかけますから……。エルリックも見ては駄目よ。殿方の前でこのようなことをするのは品のないことだとわかってはいるのだけど……」


 恥ずかしげなショウエルの声と、ジャキジャキと布の切られていく音が合わさる。

 ドレスの裾は壮麗な織の見事な模様だったが、それをショウエルはためらうことなく切り裂いていく。


「頭をあげてもよろしいでしょうか、姫」

 笑いをこらえながらイザナルにそう言われ、ショウエルは「はい!」とうなずいた。

「エルリックももうよくてよ」

 ちょうと膝あたりで切り捨てられたドレスからは、すんなりとした白い足が覗いていた。そして、高く細いヒールの靴も。


「副官、大きさの調整できるブーツはあるか?」

「は、紐で大きさと太さを調整できるものがございます」

「ではそれを姫に。あの靴では走りづらかろう。___無骨な男どもの履く靴ですがご容赦くださいませ。王位を取り戻しましたら、姫にふさわしい靴を贈らせていただきます」

「ありがとうございます。でもそのようなお気遣いはなさらずに。これも、わたしが選んだことですもの」


 ショウエルが柔らかく微笑んだ。

 自分が何を選んだのか、この先に何が待っているのか、まだ全く知らない無垢な笑顔だった。



   

                  ※※※




「隊長の声だ」


 王宮の周囲をさりげなく包囲していた斥候部隊が小さく声を上げる。


「『はじめろ』と言ってる」


「すげえ。頭の中にじかに聞こえてくる。魔法なんて本当にあったんだな」


「だがここからは隊長抜きの俺たちの実力でやらなきゃならねえ。隊長の指示は頭に入ってるな?」


「おう」


「まずは爆薬」


「扇動」


「攪乱」


「後のことは」


「侵略部隊がうまくやる」


「よし、とりあえず、俺たちは俺たちの仕事をしようや」


 商人姿の男はニカッと笑い、売り物に偽装していた火薬や武器を仲間たちへ配り始めた。

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