第23話 魔女が目覚めるとき
「どうかなさいましたか、フレンジーヌ様」
「ああ、ナンセね。武器を融通して頂戴。私にはいつもの大剣、ほかの者たちには好きな武器を与えていいわ。ただし重武装を必ずさせなさい」
「了解いたしました。けれど何故ですか?まだ文様所持者のショウエル姫は見つかっておられません」
「文様所持者の娘が逃げたことより、もっと大きな問題が風船のように膨れあがっているの。その風船は誰かが少しピンを刺すだけではじけ飛ぶでしょうね」
ナンセの問いへ、フレンジーヌが心底忌々しそうに答えた。
「もう誰にも私のやることを邪魔されたくないのよ。
だから国家への一撃を叩きこんでくるわ。おまえは後方支援と、可愛い私のショウエルの警護をなさい」
「いえ、フレンジーヌ様はここにいらしてください。フレンジーヌ様は我々の主なのですから、前線に出られる必要はございません。……不敬な物言いですが、それは拙速かと」
「拙速?もうそんな言葉では取り繕えないほど計画は崩れているのよ。まるで砂の城ように。こうなればその城が完全に壊れる前に仕事に取り掛からなくては」
「ならば、せめて文様所持者のショウエル様を見つけ出してからでも遅くはないのでは?」
「一度はイ・サが見つけたわ。その上、イ・サが言うには、文様所持者のあの娘はもうイザナルと出会ってしまったと。
だからもうこれしかないの。対の文様が王宮で揃う前に手を打つのよ」
「イ・サ伯が陽動を試みているだけとしたら?
それが真実だとしたら、イ・サ伯は文様所持者のショウエル様をフレンジーヌ様の元にお返しになると思いますが……」
「イ・サは私にだけは嘘をつかないの。見ていればわかるでしょう?
イ・サは私を殺したいくらい愛してるのよ。でも、偽物のショウエルのことも好いてもいるの。だから、きっとどちらを選ぶか迷って、あれには逃走の道筋を、私にはあれと傭兵団が近づいていることを教えたんだわ」
この期に及んでも、どちらを選ぶかは決めかねているようだけど、と小さな声で付け加えて、それからフレンジーヌはナンセの目をじっと見つめる。
「それとも私では力不足だと言いたいのかしら」
「滅相もございません!フレンジーヌ様の剣技は恐ろしいほどに冴えています。城の兵士など、それが護衛兵であろうと鉄鋼兵だろうと敵ではありません」
「当たり前よ。ハイレッジ様に嫁ぐ前、クエンティン家の娘だったころからおじいさまに厳しく仕込まれてきたんですもの。玉座の間の『あれ』はもともとクエンティン公家のものだったとはいえ、ふさわしくない者は食い殺すわ。
だから、頭で戦うことにも、体を使って戦うことにも、私は強くなければいけなかったのよ。『あれ』を使いこなすために、私に戦い方を教えたおまえならわかるでしょう?」
フレンジーヌがそのほっそりとした腕を伸ばし、何かを握り潰すように拳を作った。
「辛かったけれど……今ならわかるの。これは私に必要なことだったのよ。だからいまはおじいさまに感謝しているわ。私をただの貴族の娘で終わらせなかったことに。
玉座の間までいけば私たちの味方がいるわ。『あれ』は今はまだ眠っているけれど、目覚めさえすれば何万の兵より心強い味方よ。クエンティン家の……私の父祖たちの残してくれた遺産……私のショウエルが女王になるための切り札……」
そして、フレンジーヌが、すい、と優雅に立ち上がる。
「でもさすがにこのドレスでは不利ね。着替えているからその間に私の武器を持ってらっしゃい。それから___そんなについて行きたいのなら来ればいいわ。そのかわりに信頼のおけるものを後方に残すこと。できるわね?」
「はい。畏まりました」
ナンセは深く礼をした。その表情からは何も読み取れなかった。
※※※
ショウエルとイザナルの馬車が城門をくぐるのを確かめてから、町人の態をした斥候たちが城の廻りをさりげなく固め始める。
いくら商人や牧童など平民のなりをしても、普通ならばなんらかの違和感を感じただろう。
けれど、それを感じさせないのがイザナル傭兵団の斥候であり、彼らもそれを誇りにしていた。
「隊長が入ったな」
大きな荷物を背負った商人姿の男が、隣にいるこれも商人姿の男に話しかけた。
「こちらも行動を起こすか?」
「いや、まだだ。おまえも王の血を受けたんだろう?だから隊長が俺たちに伝えたいことは、どんなに遠くにいても頭の中に響くはずだ」
「そりゃそうだがな。俺は魔術なんてものから遠い世界で生きてきたからな。隊長には悪いがすこし不安なんだ」
「逆に俺は魔術が生きている村の出だから、隊長を連れていってみたいくらいだ。きっと魔術師のばあさんは腰を抜かす」
「腰を抜かす……か」
ふっと片方の男が笑う。
そして、言葉を付け足した。
「じゃあ俺は、魔術が本当にあったことを街の皆に教えてやろう。街の住人全員が腰を抜かしたらさぞものすごい眺めになるだろうさ」
「そのときは俺も呼んでくれ」
「ああ、いいとも」
男が笑いながらうなずいた。
まるで、これから始まる苛烈な闘争のことなど、気にもしていないような口ぶりだった。
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