第22話 わたしの運命はわたしのために

「こちら、ドゥガ公爵ご夫妻です。婚姻の祝福を受けるため領地より王都へといらっしゃいました。通行許可を願います」


 王宮の門の前に立つ護衛兵にエルリックが告げる。


「畏まりました。それでは本日の御来客簿を確認させていただきます」


 先程の王都の門番と同じ押し問答が起きそうなやり取りだったが、エルリックは全く慌てていなかった。

 なぜなら、王宮までの道すがら、こんな話をしていたからだ。



               ※※※



「考えれば、これを見せて門番を一時だけ洗脳状態にすればよかったんだな」


 イザナルが革手袋を外し、ぽぅと光る文様を指さす。


「それはそんなことまでできるのですか」


「ああ。それくらいなら俺一人でも、姫一人でも」


「そういうことはさっさと思い出してください」


エルリックが不機嫌そうに眉根を寄せた。


「悪い。普段は使わない物なので忘れていた」


「まったく……。指揮官がこれでは今後のことが不安になってきましたよ」


「戦争が俺たちの本業だ。それについては心配するな」


 イザナルが涼しい顔で答える。

 そして、「ああ、そうか」とひとりごちた。


「これがあれば王宮の護衛兵にも言うことを聞かせられるな。___副官!」

「はい!」


 馬車の荷台に移っていた副官にイザナルが呼び掛けると、歯切れの良い返事が返ってきた、


「都市戦ではなく遊撃戦に持ち込む。理由はいま言った通りだ。我々は王宮内に攻め込み、斥候部隊が王宮周囲を包囲して、街が混乱に落ちるように扇動させる。

 内と外から蚕食されては、平和な王国で久しく実戦などしていない兵は恐慌状態になるはずだ。その混乱に乗じて俺と姫と姫の騎士が玉座の間に入る」


「了解いたしました。斥候部隊ははじめから王宮包囲のための先遣隊でしたので、我々は隊長の言うようにいたします」


「急な変更だが対応できるか?」


「我々はイザナル傭兵団ですよ?見くびってもらっては困ります。その上、『王の血』までいただいたのですから、何も心配はございません」


 副官はいつもの通り、柔らかい声で答えた。


 そう。イザナルが最後まで明かさなかった対の力の一つには、対が揃い完全になった『王の血』をその身に受けた者は、短い間だが王と同じ奇跡を顕現できるということだったのだ。

 今、荷台に乗っている傭兵たちも、町に潜む傭兵たちも、すべて、イザナルの人差し指からこぼれた血をその手に受けている。

 ゆえに、彼らは皆、弾丸も剣も、お伽噺の英雄のような使い方ができるということだ。

 

 そして、イザナルの声を頭の中で聞くこともできる。作戦の変更もイザナルが『力』を使えば、瞬時に全員に届くだろう。


「ならば良し」


 満足げな顔をしたイザナルとは反対に、エルリックの眉根の皺は深くなるばかりだった。


「どうした、姫の騎士」

「どうしたの?エルリック」


 イザナルと同時に声をかけてしまい、きゃ、とショウエルが口を抑える。

そして、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「いえ……あの女の狙いがわかった気がするのです。傭兵団長、お耳を拝借しますよ。ショウエル様にはこのような野蛮なことは聞かせたくありません」


 エルリックがイザナルに近づき、何事か耳打ちする。


「……ああ、その通りだ、姫の騎士。あの女が狙っているのはまさにそれだろう」


 イザナルのいう『それ』とは、ショウエルの文様の力でカームラ王を洗脳して、ショウエルが女王として君臨するように見せかけながら、実際はすべての権力が母后フレンジーヌに渡ることを指していた。


「ならばなおのこと、この戦いは勝たねば。ショウエル様に自由と平和を味わっていただくために」


「心配するな、姫の騎士。いざとなれば俺が死んでもあの女を道連れにする。この国を食い荒らす害虫を退治するのが俺の役目だからな」


「できますか?あの女はカームラとは比較にならない。娘どころか自らの命ですら玩具のように扱う女ですよ?」


「できるさ。生を軽んじる者は生を諦めない者には勝てない。どれだけ優位に立とうとも、最後には足を滑らせる」


「そうだと良いのですが……」


 エルリックがため息を吐く。


「私はショウエル様を守りたい。もしものときはショウエル様を抱いて空間転移で逃げます」

「いいとも。好きなようにしろ。姫が無事ならば俺も安心して戦える」


 そう言って、イザナルはショウエルの目を見つめながらにこりと笑った。


「姫、ご心配なさらずに。我らがどれだけ倒れようとも、姫の自由と安寧は保証いたします。あなたの忠実な騎士もそう言っている」


「あ、ありがとうございます……でも……」


「でも?」


「できれば誰一人傷つかない方法はないのでしょうか……」


 ショウエルがおずおずと尋ねると、イザナルは間髪入れずに首を横に振る。


「申し訳ありません、姫。それだけは出来かねます。誰かが正しいと思うことを成すときは、それを誤っていると思う誰かがいる。我々は、誤っていると思う方なのです。そうなればもう、武力で決着をつけるしかない」


 きっぱりとイザナルに言い切られ、ショウエルがうつむく。

 そして、ほんの少しの間のあと、ショウエルがキッと顔を上げた。


「ではわたしにも武器をください」


「いえ、姫、あなたはそんなことをなさらずとも……」


「いいえ。もう……誰かの力を頼むのも、わたしを救う誰かを待つのも辞めます。この文様はわたしにも力を与えるのですよね。ですから……」


「姫……」


「運命などという物に挽き潰されるのはもう嫌です。お願いします、イザナル様。

 ……エルリック、止めないでね」


「それはご命令ですか……?」


苦しげな顔のエルリックがショウエルに問う。

ショウエルはそれに力強くうなずいた。


「……イザナル殿、ショウエル様に、武器を」


「ありがとう!エルリック!」


「仕方ない……わかりました。では、これを」


 イザナルがショウエルの手に小ぶりの銃を乗せた。

 巨大な敵を一撃で屠れるほどではないが、人間相手ならば充分な威力を発揮するものだ。


「ありがとうございます!」


「いいえ。……できれば、あなたがそれを使わないことを祈りますよ…ショウエル姫」


 嬉しそうなショウエルとは対照的に、イザナルがなんとも言えない表情を浮かべた。



                 ※※※



 来客簿を確認した護衛兵が馬車へと近づく。


「申し訳ありません。ドゥガ公爵ご夫妻のお名前が本日のご来客にはないようなのですが……」


 そう、頭を下げる護衛兵に向かって、イザナルが手を掲げた。神聖文様が強く光る。

 その光を浴びた護衛兵は、どことなくぎこちない喋り方で話し始めた。


「ドゥガ公爵ゴ夫妻ハ、辺境ヨリワザワザ王都ヲ訪ネテクダサッタノデスネ。ドウゾ、オ通リクダサイマセ」

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