第26話 戦乙女と文様の王

 ギッとかすかな軋みを立てて、王宮の扉が開く。

 

 門兵の攻撃に備えて散開し、それぞれ武器を構えて様子を見ていた傭兵たちが、応戦する銃声の一つも聞こえないという事態にざわつきだす。


「先行部隊、入れ」


「は」


 防具で体を固めた部隊が静かに王宮の中へと足を踏み込む。

 しかし、それでも予想されていたような迎撃はなく、それどころか王宮の入り口には一人の兵士の姿も見えなかった。


「伽藍堂ですな。隊長の策がうまく行った」


「いや、静かすぎる。誰何する門兵もいない。王宮護衛兵は外部の混乱に対応するとしても、最後の一線を守るものは残るはずだ。この静けさはおかしい」


「予測ではすでにここで我々と彼らの小規模の戦闘が行われるはずでした。

 ……門番が門を離れるのは落城の時のみです」


「ということはつまり」


「我々と同じことを考え、さらに巧妙に実行したものがいます。十分な警戒を」


「姫、できるだけ俺の傍に。今回だけは俺は先陣を切りません。部下たちに十分に周りを囲ませます。姫と俺、揃うことで文様は一番の力を発揮するからです」


「私も離れませんよ。いざとなればショウエル様を逃がすのに一番得手なのは私だ」


「いいとも、姫の騎士。____本来ならば巻き込まずともいい方をいくさに巻き込んだのは俺だ。

 何があろうと姫だけは無事に逃がしてくれ」


「いいえ。もう、逃げません」


 ショウエルが毅然と言い放ち、思わず傭兵たちもイザナルもエルリックも、束の間、警戒を忘れショウエルの顔を見つめた。


「わたしは何事からも逃げてばかり。

 お母様からも、カームラ陛下との婚姻からも。けれどそれは……誇りのない生き方です。お母様の娘ならば選ばない生き方です。イザナル様、わたしの力が使えるのならば存分に使ってくださいまし。剣になる覚悟も盾になる覚悟もできております。

 狗のような一生を生きるより、わたしは貴族としての生き方を選びますわ」


 にっこりと笑い、ショウエルはイザナルから受け取った銃をドレスのリボンに挟む。


「だからエルリック、わたしを逃がしては駄目よ。

 あなたの身が危ないとき、それからわたしの息が止まった時、その時にだけ、あなたの力を使って頂戴」


「それは……ご命令ですか」


「ええ。命令よ。ハイレッジ家の名に懸けて。

 ____あなたは戦場を知らないなどと、説得するのは辞めて頂戴ね。お母様の傍にいれば色々なことを知るわ。自分の弱さを盾にして、怖がって、それが見えないふりをしてきたのは……わたしなのよ」


 ショウエルが、ほう、と息を吐く。

エルリックもつられて息をついた。

 けれどそれは悲嘆のため息ではなく、これまで仕えてきた少女が____本来なら避けてほしいことはいえ____この短い間に驚くほど成長し、強くなったことへの感嘆だった。


「でももう怖くなくってよ。あなたの命がけの助けやイザナル様のお話を聞いて、自分に嘘をつく方がよほど醜いことだとわかったわ。わたしは次期国王陛下の対。神聖文様所持者。誇りのために戦場で戦う娘よ」


 凛、と言い放つショウエルの肩を傭兵たちが叩く。


「姫さん、あんたなかなか度胸があるじゃねえか」

「貴族なんちゃあいけ好かない生き物だとばかり思ってたが、あんたみたいな剛毅なのもいるんだな!見直したぜ!」

「あんた同じくらいの年の可愛い娘っこが俺にもいるんだ。娘だと思ってあんたを守ってやるよ。そのかわりと言っちゃなんだが、あんたが無事に帰れたら、娘の友達になってやってくれ。最近あいつは生意気になってきてなあ……俺とまともに口も利かねえんだ」


 それまでは、ショウエルと傭兵たちの間にはどこかに壁があった。

 だがそれは致し方ないことだろう。

 金銭のために生死をかける者と、権益に乗っ取り金銭を搾取するもの。

 それはどうにも交わりようがない。


 けれどショウエルは自ら戦乙女となる宣言をした。


 貴い血を持ちながら、自らも戦場に参戦する美しい少女。


 そうなればもう、傭兵たちにはショウエルを仲間と認めることは当然だった。




                ※※※

 

 


「ずいぶん簡単に落ちたわね」


 フレンジーヌが微笑む。

 自らの背よりも高い大剣を軽々と取り持ちながら。

 彼女が歩んでいるのもまた、王宮の長い廊下の一つだった。

 そして、彼女の後ろには、ハイレッジ家の私兵の長い列が続いている。


「ハイレッジ家の馬車ならば門を通るのは簡単ですから」


 フレンジーヌの真後ろを、そっと影のように____フレンジーヌは警護の為とは言え、自身の前を誰かが歩くことを喜ばない____武装したナンセがついていく。

 二人の歩き方はいつも通り優雅だったが、フレンジーヌもナンセも、その衣服は鮮血に彩られていた。


「兵たちも手ごたえのないこと。いったいどのような訓練を施していたのか、あの無能な王に聞かなければね」


「100年の平和を貪った国です。これから100年がまた続くと思っていたのでしょう」


「神聖文様もない王になんの加護があるものですか。無知というのは恐ろしいものね」


 いつものドレスよりは幾分簡素で、弾除けの胸当てのついたドレスの裾を引きながら、フレンジーヌはためらいなく歩いていく。

 カームラ王のいる、玉座の間に向けて。


「さあ、すべての始まりよ」

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