第41話 罪と罰 Ⅲ

 ショウエルが命を賭けて『力』を封じようとするその少し前。

 イザナルが玉座の間の扉からその姿を現した時、傭兵団から歓声が上がった。


「隊長!」

「隊長が戻った!」

「俺たちの勝ちだ!」


 次々に敬礼をする傭兵たちに軽く目を向けながら、イザナルは指揮を執っているラキアに近づいた。


「隊長、ご無事ですか」

 

 ラキア隊長代理に問われ、イザナルは軽くうなずく。


「これでまたおまえは副官に降格だ」

「願ってもいないことです」

「馬鹿め。戦況は」

「6対4程度でこちらが有利なのは変わりません。負傷者は増え現在重傷2名、中軽傷4名。奥で衛生兵が手当をしています。死者は……」

「ゼーファックだけか」

「はい。今のところ。

 申し訳ありません!お預かりした隊員を死なせました!」

「仕方がない。それが戦争だ。言ったろう、勝利も敗北もおまえが背負うと。このことを、ゼーファックのことを忘れるな」

「は!」

 副官が頭を下げる。

 

 それにはかまわず、前線に立ったイザナルが、イ・サに呼びかける。


「イ・サ伯!俺たちの勝ちだ!フレンジーヌは力を奮えないように捕えられた!俺が無傷でここに立っているのがその証拠だ!」

 

 その声を聞いて、すこしの間のあと、イ・サが全軍に命じる。


「撃ち方、やめ!……嘘……じゃねえな。手も足も頭もついてやがる。嬢ちゃんたちは無事か?」


「無事も何も、姫がすべてを為したようなものだ」


「そうか。あの子もやっぱりフレンジーヌの娘だな。可愛い顔してやるときゃやるもんだ」


「勝負はついた。仕舞いにしよう。手打ちだ」


「条件と見返りは」


「条件はカームラの譲位と俺の即位に反対しないこと。見返りはハイレッジ公家の無処分存続。最大の功労者が姫だからこれはなんとでもなる。ハリティアス家は爵位降下と領土の割譲を受け入れるならば存続。本来は断絶させるべきなんだろうが、ユーエル伯姫が命を呈して守った家なのを知っているから潰すのは忍びない。ただしおまえは反乱罪でなにがしかの刑を受けるから、次の当主を誰に据えるかは考えておけ。クエンティン公家は断絶。

 おまえには悪いが、フレンジーヌはこの世にいてはいけない」


「まあ、そうだな。フレンジーヌにはこの世界は向いてない。どの世界にも向いていない。向いているとしたら無限に戦争をし続ける世界だけだ」


 イザナルが苦笑し、「確かにな」と眉を上げる。

 

「そうか……あいつが負けたか……」


 イ・サがぽつりとつぶやく。


「しょうがねえな。こちらは武装解除する。おまえんとこもそうしてくれ」

「了解した」

 うなずき、イザナルは背後の傭兵たちに戦闘態勢を解くことを命じた。

 イ・サが率いてきた兵団も、その武装を解除していく。


「あとのことはとりあえず俺も兵たちも屋敷に帰ってからでもいいか?死んじまったやつの弔いもある。もちろん、逃げたりはしねえ」


「かまわない。おまえがそういう男じゃないのはわかっている」


「御信頼いただき痛み入る。俺はそんな大した男じゃねえがな」

「信義に命を懸けた。____たとえそれが間違っていても」

「信義……か」


 イ・サは曖昧な笑みを浮かべた。

 イザナルの言葉になんと答えればいいかわからないようだった。


 そのとき、玉座の間の扉からエルリックが勢いをつけてまろび出てきた。その顔はまだ半分ほど髑髏のように見えていたが、エルリックはもう、ブロォゾ一族独特の風貌を隠す余裕もないようだった。


「イザナル殿!」


「ん?どうした?伯との停戦協定は結んだぞ」


「そのようなことではありません!ショウエル様が!助けられるのはイザナル殿だけだと……」


「フレンジーヌがまた『力』を得たのか?!」


「いいえ!ショウエル様はご自分の命と引き換えに『力』を消そうとしています!けれどフレンジーヌが今ならまだ助けられると!」


「姫……!」

 イザナルが呻くような声を上げる。


「イ・サ伯、悪いが急ぎの用ができた。

 姫が命を呈してこの国を守ろうとしている」

「嬢ちゃんが?____あの子らしいな。貴族で、フレンジーヌの娘の」


「確かに姫は貴族の責務を果たそうとしているのかもしれないが、生きるべきものが死に、死ぬべきものが生きるなどということは許されない。俺は姫を助けに行ってくる」


「おう。了解仕った。兵団は解散させるが俺はこの場に残る。俺でも役に立てることがあれば遠慮なく呼んでくれ」


「気遣いに感謝する!あとは頼んだぞ、副官!」


 イ・サの言葉に叫ぶような返事を返し、イザナルは玉座の間の扉に手をかけた。


 今度は、国家ではなく、ショウエルを助けるために。

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