第42話 終焉の赤、永遠の青 Ⅰ
「ショウエル!ショウエル!」
狂ったようにフレンジーヌが叫ぶ。
「私の拘束を解きなさい!目覚めさせた者なら消すこともできる!そこにある『それ』は誰のものかわからないからそこに据え置かれたのよ!でも、私が目覚めさせた今なら私が消せる!」
その言葉にショウエルは優しく、けれどもう息継ぎもままならないような苦しげな声で答えた。
「いのちと……引き換えに……でしょう?おかあ……さま。世界の均衡を崩せば……代償が……」
「代償ならば私が払うわ!この罪も罰も私の物でしょう?」
「いいえ……みなをあざむき……ひとりの……ひとのいきかたを……こわした……おかあさまをとめられず……たくさんひとをしなせた……わたしの罪……」
そこまで言ってショウエルが目を閉じた。
ショウエルの体を包む青い光はいよいよ鮮やかに、そこから生じる音は一層激しくなる。
「奪わないで!お願いだから私からもう何も奪わないで!私は死んでもいい。あなたを助けたいのよ!ショウエル!」
フレンジーヌのその言葉を聞いて、ショウエルは微笑んだ。
すべてを自分のために生きてきた母が、はじめてそうではないことを願ってくれた。
死んでもいい、とまで言ってくれた。
もう、これで本当に充分だと。
そのとき、玉座の間の扉が開いた。
イザナルとエルリックが部屋へと飛び込んでくる。
「ショウエル様!」
エルリックはショウエルの傍に跪く。
そして、ショウエルを無理やりにでも穴から引き離そうと手を伸ばした。
「痛ッ」
チッと音を立ててエルリックの人差し指が焼け落ちる。その様を、ユーエは茫然と見つめていた。
「だからおまえなど消し飛ぶと言ったでしょう!」
苦々しげなフレンジーヌの声。
「廃嫡子、おまえの文様ならこの拘束を解けるわ。この忌々しい光の縄を取って頂戴」
「解いてどうする?また同じことを繰り返すのか?」
「馬鹿なことを聞く暇があったらさっさとなさい!ショウエルを助けたくないの?私なら『あれ』を消すことができるのよ!」
そう大声で言われてもイザナルにはまだためらいがあった。
フレンジーヌがまたその謀略を駆使した言質で自由になろうとしているのではないかと疑っていた。
「早く!早く!」
しかし「わたしは……もういいのよ……おかあさま」というショウエルのかすかな声を聞いて疑念はほぼ消えた。
今回に限り、フレンジーヌは真実を口にしている、娘を救うために、と。
イザナルの文様が光る。少し時間はかかったが、王の文様はフレンジーヌに幾重にも巻き付いていた光の縄を溶かした。
「ありがとう、廃嫡子。私が人に心から礼を言うのなど久しぶりよ」
「礼はいらない。姫のためだ」
「そう。____ねえ、廃嫡子、あまり人は信用するものではなくてよ」
自由の身になったフレンジーヌにそう言われ、イザナルが思わず腰の剣に手をかけた。
「馬鹿ね。今のは教訓よ。王になるのならばそれを忘れてはいけないわ。これからおまえが率いるのは傭兵団ではなく、私のように何を考えているかわからない貴族たちよ」
ゆったりとした笑みをイザナルに向けたあと、フレンジーヌはショウエルへと近づく。
そして、自分の体が光に触れるたび、ドレスも肉も裂けるのも気にならないようにショウエルの体を抱き上げ、すこし離れた場所へと置いた。
急激にショウエルの体から生まれていた光が弱まる。
満足そうにそれを見たあと、フレンジーヌは『力』のある穴へと手をかざす。
ぽっぽっと赤い光が鬼火のようにそこへ灯った。
「エルリック、廃嫡子、ショウエルとユーエ姫と一緒にここから去りなさい。____ああ、悔しいけれど、カームラも連れて、ね」
「そしておまえは何をするつもりだ?」
「『力』を消すわ。たぶん私は死ぬ。でもそれでいいのよ。どうせ命など人生の賭金よ」
「その賭けには勝ったのか?」
「勿論」
フレンジーヌがあでやかに微笑む。
血の色に染まったドレスのせいで、彼女は深紅の薔薇のように見えた。
「最後まで自分の好きなように生きられたわ。勝ちよ」
「……そうか」
「ほら、早くなさい。ショウエルが目を覚まさないうちに。この部屋はたぶん、もうすぐ使い物にならなくなるだろうから。焼け落ちるか、破壊されつくされるか、私にもまだわからないけれど」
「わかった」
イザナルがそっとショウエルを抱きかかえる。
近くで見れば、その体は小さな火傷と傷でいっぱいだった。
華やかだったドレスもまるでぼろきれのようになっていた。
「姫……こんな小さな体で……」
「イザナル殿、感傷に浸っている暇はありません。外へ」
ユーエを手伝い、カームラ王を運ぶエルリックがイザナルを促す。
「あ、ああ、そうだな、すまん。____では、ハイレッジ公代理、後を頼む」
軽く敬礼をして見せたイザナルを見て、フレンジーヌはころころと笑った。
「こんなときにまで生真面目な男。まあせいぜいいい王になりなさいな」
そして、フレンジーヌもお遊びのような敬礼を返し、穴へと向き直った。
「もう行きなさい」
「了解した」
ざっと音を立ててイザナルが身を翻し、先を歩く二人の後を追う。
そして、玉座の間の扉が再び開いたところでショウエルがぱちんと目を開けた。
「お母様?!」
「見るな。フレンジーヌはいま『力』を消そうとしている」
「駄目!駄目よお母様!____死んじゃ嫌!!」
イザナルの腕から必死で逃れようとするショウエルの目と、フレンジーヌの視線がかちあった。
「ショウエル……。嬉しいわ。ありがとう。こんな母でも助けようとしてくれたのね。でも……罰を受けるのにふさわしいのは私の方よ。ショウエル。いとしい娘。必ず幸せにおなりなさい」
偽物ではない優しい声。
それは文様の娘が現れて以来、ショウエルに初めて見せたフレンジーヌの母の顔だった。
「……さようなら」
フレンジーヌのその言葉とともに、扉が音を立てて閉まる。
それでもまだもがくショウエルのひたいに、イザナルは文様のある手を押し当てる。
途端、ショウエルはまた目を閉じた。エルリックにそれを不審な顔で見られ、イザナルは釈明する。
「少しばかり眠っていただいた。このままではまた自身の体を犠牲にしかねない」
「そう……ですね。お優しい方ですから……」
※※※
「よ、王様、中の様子はどうだ?うまく行ったか?」
兵団を解散させ、ひとり廊下にたたずんでいたイ・サがイザナルに尋ねる。
「フレンジーヌは『力』を消すために中に残った。死ぬ気だろう」
「……そうか」
どこか納得したような面持ちで、イ・サがうなずく。
「なら悪いが俺も中に行かせてもらう。ハリティアス家の次期当主はおふくろの従弟の次男坊を据えてくれ。もともと俺はガキを作るつもりなんかなかったからな。はじめからそうする予定だった」
「死ぬためだけに行くな、と止めてもおまえは行くんだろう?」
「ああ。それに、実は俺ももう長くない」
イ・サが脇腹に当てていた手を外すと、そこには赤い染みが広がっていた。
「流れ弾にやられた。____その変な力で治そうとしたりはするなよ?俺は最後まで人間らしく人生を全うする」
「わかった」
「じゃあな。エルリック、嬢ちゃんが目を覚ましたら俺の最後の挨拶を伝えてくれ」
「わかりました。……私は、あなたが嫌いではありませんでしたよ、イ・サ伯」
「そうかよ。ありがとうな」
ひらひらと手を振り、イ・サが玉座の間へと入っていく。
床に倒れていたナンセの亡骸を抱いて。
「フレンジーヌのとこに行くんなら、こいつも連れてかなきゃかわいそうだろ」
そんな言葉を残しながら。
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