第31話 ヴァルキュリア Ⅲ
傭兵たちが廊下にあるありあわせのもので防壁を作っていく。
ありあわせと言っても、王宮で使われているだけあり、小さな花台すらなにかわからない金属でできていた。これならばしばらくの間なら充分敵を防げるだろう。
「銃眼を作るのは忘れるなよ」
イザナルに言われ、作業をしていた傭兵たちが一斉に頷く。
「よし。___副官」
「はい」
「おまえたちだけでも戦闘に問題がないか様子をしばらく見た後、俺は姫と姫の騎士と玉座の間に入る。そこで何が起きるかわからないが______俺たちがいない間、おまえにここで指揮を執ってほしい」
「何をおっしゃっるんです?私たちの指揮官は隊長ただ一人。ならば我々も一緒に玉座の間に突入します!」
「悪いがそれは却下だ。理由は二つ。一つ目は、ここで防衛線を展開しなければ、俺たちの敵かもしれない兵が玉座の間に流れ込んでくる。二つ目は、玉座の間でお前たちにできることはおそらくない」
必死の形相で食って掛かる副官を、さらりとイザナルはいなした。数々の戦いを乗り越えてきた指揮官らしい、すっぱりとした割り切り方だった。
けれど副官はそれでも諦めず、なんとか抗弁しようとする。
「我々はイザナル傭兵団です。直接攻撃が難しいとお考えならば、隊を二つに分け、片方は補給と援護に徹します」
「いつもならばその提案を喜んで受けるんだがな」
イザナルが苦笑した。
「今回ばかりは駄目だ。
奇跡も魔法も、打ち消すことができるのは、同じく奇跡と魔法だけだ。俺は、大切なおまえたちの数を減らしたくない」
そう言ってから、イザナルはポケットから折りたたまれた紙を取り出す。
「もし誰も出てこなかったらおまえたちは撤退しろ。姫や姫の騎士だけが出てきても、彼らを連れて撤退しろ。あとの手順はこの紙に書いてある。おまえたちに不利にはならないように取り計らわれるはずだ」
「隊長を見殺しにせよと?」
「嫌な言葉を使うな。名誉の戦死と言え」
「それでは隊長が報われません!」
「報われたいと思ったことはないから別にいい。いいか、俺たちは戦争屋だ。殉教者じゃない。はじめに叩き込んだな?こちらの戦力がどれだけ削られたら撤退戦に入るかを」
「隊長に反乱者の汚名をおめおめと着せろと?」
「フレンジーヌが倒れるならば、反乱者だろうが非国民だろうがなんでもいい。歴史とはそういう物だ。誰も知らないところで何かが大きく動き、そして世界は均衡を取り戻す。いま、それができるのは俺と姫だけだ。頼んだぞ、副官」
「しかし……」
副官の反論の言葉を遮るように、イザナルが防壁の点検に回る。
そして、その出来に満足げに微笑んだ。
そのとき、一人だけ、壁に聴音機をあて、防壁づくりの作業には加わっていなかった測的手の腕が再び上がった。
そこにあるの指一本。
敵はあと数十秒で玉座の間の前まで到達するだろう。
「はいと言ってくれ。俺がいなくなったあと、誰がこいつらの面倒を見るんだ?」
イザナルが防壁の後ろで敵襲に備える傭兵たちに目をやる。
「もう時間がない。早くしてくれ」
イザナルに重ねて催促され、副官はようやく頷いた。
「____はい。わかりました」
「すまない」
「隊長に地獄に巻き込まれるのはもう慣れましたよ。それより、必ず無事に帰って約束を果たしてください」
「約束?」
「勝ったら美人な嫁さんの世話をする約束です。忘れてもらっちゃ困ります」
「ああ、そうだな」
「隊長は絶対に俺たちを裏切らないからこそ、俺はここまでついてきました。最後の最後にそれを駄目にするのはなしですよ」
「そうだな。副官、すまない。余計な苦労を掛ける」
「いいえ。命令を了解した以上、俺たちはそれを遂行するのみです。安心してください。必ずここは守り切って見せます。隊長は隊長の戦いを_______」
副官が深く首を垂れた。
そのとき、宙に掲げられていた測的手の指がまた折られた。
最後の一本。もう折る指は残っていなかった。
一瞬の静寂の後、わっと鬨の声を上げて兵どもが流れ込んでくる。
どの兵もあり合わせではない武装を身に着けており、フレンジーヌの私兵と同じく、規律だった動きをしている。
それは、寄せ集めの兵ではない証拠だった。
「よう、お嬢ちゃん、こんなところで会うとは奇遇だな」
そして、その先頭に立っていたのはイ・サだった。
ショウエルが無言で銃を構える。
それを見て、イ・サが陽気に手を振った。
「強くなったなあ、お嬢ちゃん。そんな顔をするとフレンジーヌにそっくりだぜ」
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