第32話 ヴァルキュリア Ⅳ

「開戦の前に問いましょう。イ・サ伯、あなたはどちらの味方か?」


 エルリックがきつい声音で聞く。

 もう答えは知っていると、それだけでわかるような尋ね方だった。


「おまえら……と言いたいとこだが、良く考えたら、俺に正義の味方は似合わねえだろ?」


「無駄かもしれませんが、以前にもらった貸しを返させて頂くために、敢えてお伝えします。

 対の文様を得て、勝機はおそらくこちらに。善悪ではなく、損得で判断するあなたならばどちらにつく方がいいのかおわかりでは?」


 そう言いながら、さりげなくショウエルを庇うように一歩前に踏み出したエルリックを見て、イ・サは煙草に火をつける。

 そして、ふ、と不定型な灰色のかたまりを宙に吐き出した後、困ったように上を向いた。


「律儀な奴だな。まあいい。貸しは受け取った。これで平等だ」


「では、わたしたちとともに来てくださるのですか?」

 

 それを聞いたショウエルの声がはずむ。


 ショウエルもイ・サは嫌いではなかった。

 むしろ、自分にはないその奔放さを羨ましくも思っていた。

 悪い噂もたくさん聞いたが、自分と母に対する信愛だけは本物だと確信していた。

 だから、イ・サが何かよくないことをするたびに、ショウエルは必死で諌めてきたのだ。

 彼が、ショウエルの価値観では絶対に許せないことをしないように。


 イ・サはもう一度煙草をふかし、吸殻を投げ捨てた。そしてそれを靴先で踏みにじりながら首を振る。


「いいや。踊り終えた道化は女王に殉じるだけだ」


「伯、あなたとは長いお付き合いです。わたしたちを逃がしてくれた恩も忘れていません。だから、わたしはあなたと争いたくありません。お母様はこの国を壊そうとしています。……伯、どうか、わたしたちと共闘してください。

 わたしはもう誰も……死なせたくないのです」


「てことは、そこのナンセを殺ったのは嬢ちゃんか?」

 

 下唇をかみしめながらショウエルがうなずいた。


「そうか。なら奴も本望だろうさ」


 イ・サが少しさみしげに微笑んだ。

 そして、切々と自分に向かって訴えながら、それでもまったくぶれないショウエルの銃口に向けて話しかける。


「本当に、強くなったなあ。もう俺がいなくても平気だな、嬢ちゃん」


 イ・サがすっと右腕を前に差し出す。

 空気は引き絞られた弓のようだった。

 ほんの少しの動きだけでも無限の弓矢が発射されるような。


「わたしはいなくても平気な人などおりません!ナンセだって本当は……!」


「大丈夫だ。嬢ちゃんはフレンジーヌの娘だろ?そっちの王様にとっちゃあ絶後の悪女かもしれないが、それでも、俺の中のあいつは世界一のいい女だ。嬢ちゃんの体にはそのいい女の血が入ってる。

 だから、大丈夫だ。今だってちゃんと戦えてる。俺にできることはもうない」


「そんなことはありません!」


「____すまないなあ、お嬢ちゃん。俺はやっぱりあの毒蛇が恋しくてしょうがねえんだ。

 国なんざ焼け落ちてもいい。あいつの笑う顔が見たいんだよ」


 そう告げて、一瞬、イ・サが目を伏せた。

 それから、差し出していた腕を高く宙に掲げる。


「ハリティアス家はここにイザナル傭兵団への宣戦を布告する!」


 構えていた銃の引き金に指をかけたショウエルを防壁の内側へと引きずり込むと同時に、傭兵たちは銃眼から一斉にその銃口をイ・サたちへと向ける。

 

 イザナルも今度はそれを止めはしなかった。

 

 これからの戦いは、ショウエルだけの物でないのを皆知っていたからだ。


 傭兵たちの銃列の後ろに控えるのは装填も着火も必要のない弩弓。

 さらにその背後には銃撃のあとを踏みにじるための鉄鋼に身を固めた強襲兵たち。


 緊張しきった戦場の中、イ・サの宣戦布告の言葉が事実上の号砲となった。

 傭兵たちが銃眼から次々と弾丸を放つ。


 イ・サの前にも武装した兵士たちが並び、斉射を開始した。


 戦争が、始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます