第4話 偽りの愛 本物の愛

 ばたばたとせわしない足音。それとともに怒声が遠くから聞こえ始め、舞踏の間にいた貴族たちが扉の方を振り返る。


 ただの騒音だったそれは次第に形をなし…。


「ユーエ様!お止まりくださいませ!」

「ユーエ様は本日の舞踏会には招かれておりませぬ!」

「ユーエ様!」


 そして、誰かを必死で止める衛兵たちの声となった。


「いやよ!」


 その言葉と同時に閉ざされていた扉が勢いよく開けられる。


 そこに立っていたのは、王主催の舞踏会にふさわしく美しく装った女性だった。

 金の雨のようなまっすぐな長い髪、水底のような優しい青い瞳、雪と見まごうような白い肌。


 彼女はとても美しかった。

 けれどそれは雨に打たれればしおれる花のような、弱い美しさだった。


「カームラ様!なぜ婚約者のわたくしが本日は招かれておりませんの!」


「招く理由がないからだ」


「なぜ?わたくしはあなたの婚約者!あなたのご両親の先王陛下たちがご健在の時に、その目の前で忠実な妻となる誓いを立てたではありませんか!」


 そして、ユーエはつかつかと席に座ったショウエルの前に立つ。


「おどきになって!そこはわたくしの席よ!陛下の婚約者のわたくしを差し置いて、なぜおまえなどが座っているの!」

「まあ、ユーエ公女様。それはできませんわ。これは陛下が私の為に用意してくださった席ですもの。

 そんなかけがえのない席をなぜあなたに譲らなければなりませんの?」

「わたくしがカームラ様の婚約者だからよ!」

「あら」


それを聞いて、ショウエルの頬に冷たい笑みが浮かぶ。


「でもそれは昨日までのお話……。今日、陛下は私を妃にするとおっしゃってくださいましたのよ。この国の未来の妃、陛下の隣に座るのはこれからは私ですの。

 ですから敗者は早く出て行って下さらないかしら。負け犬など……見ていて不愉快ですわ」

「わ、わたくしが負け犬?幼少の頃より陛下の婚約者として育てられた、デ・ラ・メア大公家のわたくしが?!」


 白い頬を怒りの余り赤く染めたユーエが、ショウエルへとつかみかかろうとした。

 それでもなお、ショウエルは笑っていた。

 なんと言おうと勝利者は私よ、と無言で宣言するように。


「そこまでだ、ユーエ」

 

 カームラ王がショウエルとユーエを隔てるように腕を伸ばした。


「恥をかかせまいとした私の思惑もわからぬとはな。つくづく愚かな女だ」


「どういう意味ですの?!愚かでもかまいませんわ!でもわたくしは……ユーエは、陛下を愛しております!」


 会場が静まり、誰もがそのやり取りに聞き耳を立てる。

 どの貴族たちも真面目くさった顔をしながら、心の底ではこの椿事を面白がっていたのだ。

 妃の座を奪い合う二人の美しい娘。関係のないものからすればこれほど愉快な余興もなかった。


「では、聞くぞ、ユーエ。貴様が愛した男の心を得られず、ならばせめて首をと所望し、それが与えられたら……銀の盆に載せられたその男の首を捧げられたとしたら…それをどうする?」


 思いもかけない問いかけに、ユーエが一瞬体を凍らせる。

 それでもなんとか笑みを浮かべ、ユーエは答えを返した。


「……下さった方に御礼を申し上げますわ。ユーエが望んだものですもの」


「それがお前の答えか」


 カームラ王はつまらなそうに嘆息する。

 退屈し切ったその表情はいまにも欠伸をしそうだった。


「ショウエル女王陛下、貴殿のお答えは?」


 それから、ショウエルを振り返り、おどけた調子で聞く。

 ユーエに見せていたのとは全く違う、柔らかい表情だった。


「首を持って舞いますわ。恋しい男がようやくわたしのものになったんですもの。嬉しくてなりませんでしょう?」


 ハハハ!と大声でカームラ王が笑った。

 言葉にせずとも、それだけでカームラ王がショウエルの答えに満足しきったことがわかる大音声だった。


「さすがは地獄の女王陛下、鬼姫よ!私が求めていたのはこれだ!きっと陛下は私の首を持っても舞うのでござろう?」


「ええ。いとしい御方ですもの。誰よりも心を込めて舞いましょう。

 王にふさわしい素晴らしい舞いを」


「素晴らしい!本当に素晴らしい!絹の衣を深紅に染め、美しく舞い踊る貴様の姿が見えるようだ!気を抜けば貴様は私の首も容赦なく狩るであろうな!」


「ええ」


 ショウエルはためらわなかった。

 まるで晩餐会の招きに応えるように、カームラ王の問いに嫣然と微笑みながらうなずいた。

 その表情と相まって、座るショウエルは狼を駆る処女神のように見えた。


 カームラ王が大きく手叩きをする。

 出来のいい演劇の一幕を見たように。


「さすがは地獄の女王陛下よ、私こそが貴殿に忠誠を誓おう!ヴィーゲル王家の名に懸けて!」


 今度こそは本当に、しん、と舞踏の間が静まり返る。


 誰もが悟ったのだ。

 ただの酔狂や冗談ではなく、王がショウエルを本当に妃とするのだということを。

 そして、長きの間、王の婚約者として社交界の女王であったユーエ___ユーエ・ユウ・デ・ラ・メア公女___はその座から引きずり降ろされたことを。


 ユーエが目を見開く。

 もはや言葉も出ないようだった。


「ユーエ、貴様とは長い付き合いであった。であるからこそ人目につかぬところで婚約を破棄してやろうとしたのに……なんという愚かな女よ」


 ユーエの瞳から涙がこぼれ落ちる。それは、その青い美しい色の虹彩が溶けだしたようだった。


「愛しておりましたのに……。カームラ様の花嫁となることだけを夢見て生きておりましたのに……」

「ではさっさと次を見つけろ。くだらぬことを生きる理由にするな」

「カームラ様!お願いでございます!嘘だと言ってくださいまし!ユーエは、ユーエは、カームラ様がおられなければ生きては行けません!」

「なら死ね」


 言い放たれたユーエがわっと顔を覆った。

 そしてドレスの裾を翻しながら舞踏の間を駆け出していく。


 その勢いに押され、貴族たちは次々に道を開けた。


 舞踏の間の出口の両開きの扉に手をかけたユーエは、そこではじめてうしろを振り向いた。


 涙で顔中を濡らしながらも、それでも彼女はとても美しかった。


「愛しておりますわ、カームラ様!その御心、きっと取り戻して見せます!そして____許しませんわ……ショウエル姫!」


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